嗤う月の下で――



もう、あまり時間が無いんだ。
だから傍に居て。離れないで。
何でもする。
何でもするから。
だから、ねぇお願いだから。

イカナイデ―――

「っ!!!!!」
「バクラ?」
深夜、ベッドから突然飛び起きたバクラの気配で、遊戯も目を覚ました。
事が済んだのは大分前で、もう二人共深い眠りに落ちていた。
勢いよく上体を起こしたバクラは、胸に手を当てて荒い呼吸を繰り返している。
そんな彼を抱くようにして、遊戯も上体を起こした。
「……いつもの夢か?」
訊ねると、バクラはゆっくりと頷く。抱いた体は冷えきり、細かく震えていた。
最近、彼はよく昔の悪夢を見て、夜中に目を覚ましていた。
今までも、そういう事は何度もあったが、どうも最近は頻度が増している。
聞けばここ一週間は、ほぼ毎日のように悪夢に魘されていると言う。
「大丈夫か?」
「……………ああ……悪い」
呟いて、バクラはベッドを下り、上着を羽織ってベランダのカーテンを開ける。
夜空には新円を描いた月が浮かび、真夜中の童実野町を青白く照らしていた。
「…………」
無言でガラス戸を開け、瞼を閉じる。冷たい外気が部屋に流れ込み、深く深呼吸した。
何故最近こんな事が続くのか、バクラも遊戯も、なんとなく解っていた。

もうすぐタイムリミットだから――

今更、戻れなかった。
途中で何度も警報は鳴っていたのに、自分はそれを無視してきたのだ。
いつか終わりがくると解っていても、今だけでもいいから一緒に居たいと、そんな甘ったれた感情でここまでやってきてしまったのだ
当然の報いだ。
バクラは、ここ最近ずっと心内でそう呟いて、全てを受け入れる覚悟を決めようとしていた。
しかし、出来なかった。
もうすぐ終わりがくると思うと怖くて堪らない。ずっと前から解っていたのに、受け入れたくない。
そういった感情が、夜に悪夢となって現れ、心を蝕む。
バクラは、ゆっくりと目を閉じて、瞼の裏側の闇を見つめる。
今、今この瞬間に、いっそ消えてしまえたらどんなにいいだろう?
そんな事を考えてもどうにもならないと解っていても、そういった弱い考えに逃げずにはいられなかった。
もうすぐ立つ事になろう、破滅と憎悪と血肉に彩られた闘いの舞台で、遊戯を殺すよりずっといい。そう考えずには、いられなかった
「…………この街、夜景綺麗だよな」
いつの間にか背後に立っていた遊戯がそう呟いて、バクラの肩に手を回した。
「………………………ああ……」
溜め息混じりに、小さく応える。
確かにそうだろう。普段から色々と賑わっている街だ。夜の夜景もかなり豪華である。
しかし、今の自分には、浅はかな光の集積体にしか見えなかった。
3000年前のエジプトで自分は死に、冷たい金属の中であまりにも長い時を、恨みと憎しみだけを糧にして過ごしてきた。
そして、この街で彼と再会した。
3000年もの間、その日を心待ちにしてきたのに。彼を殺す為だけに、膨大な時間を記憶を持ったまま過ごしてきたのに、今、自分はその最初の目的を完全に放棄している。
いや、むしろ最初から無かった事にしたいとさえ思っているのだ。
笑い話だろう?
「全ては破滅の為のシナリオ…………か……」
ポツリと、呟くようにそう言葉を発した。
本当に小さな声で、夜の中の木々のざわめきにも掻き消されてしまう程の微かな声で言ったにも関わらず、遊戯はその言葉をしっかりと聞き取っていた。
「っ…………!」
遊戯は突然バクラをガラス戸に押し付け、かなり乱暴にキスをした。
「んっ…!んん……っ!!」
苦し紛れに唇を離すと、遊戯はバクラをキツくキツく抱きしめながら、
「…………お前だけだと思ってるのか?」
「え?」
あまり理解できない言葉を囁いた遊戯に、バクラは怪訝な顔で聞き返す。
「……もうすぐ終わりがくるかもしれないって思ってるの……それを怖いと感じてるのが……お前だけだと思ってるのかよ!?」
瞳を見開いて、彼を、遊戯を見つめた。
自分を抱く彼の手は小刻みに震え、目は怒りと恐怖を一杯に湛えている。
「……あ…………」
自分は、いつも怯えていた。
終わりがくる事。どちらかがどちらかを殺す事。
そんな事を考えている時、遊戯はいつも、優しく自分を包んでくれた。
しかし、恐怖していたのは、自分だけではなかった。
彼自身も、同じように考えていたのだろう。
いつか必ずどちらかが消える時が来る。そしてその日はもうじきやって来る。
だが絶対に失いたくない。
残酷な理性と勝手な感情が、混沌とした矛盾の渦を作り出す。
その渦の中に身を置いていたのは、自分だけではなかったのだ。
「……俺も……怖かったよ………」
震えた声で、囁くようにそう言った遊戯は、ベランダの外の夜空に浮かぶ月を見上げる。
「……だから……一緒にいさせてくれよ…………。もう……時間が無いんだ。だから今だけでも……一緒に―――」
「………………」
その言葉を聞き取った後、バクラは静かに、遊戯の背に両腕を回した。
二人共、解っていたのだ。
どちらか一方だけが怯えていた訳ではない。
バクラは遊戯に不安を吐き出す事で己を落ち着け、遊戯はそんな彼を宥める事で己の心も同時に宥めていた。

しかし、それもじきに終わる。
もうすぐ、全てが闇に帰す。

殆どの人間が眠りに着き、静まり返った童実野町のマンションの一室で、3000年前より彷徨ってきた魂が二つ、互いの心を落ち着かせるように、抱き合っていた。

月はそれを、ただ嘲笑うのみ――




yuki様より、5858hitの王バク小説という事でリクエストして頂いていた物です!

お待たせしすぎで本当にすみません;

なのに、またこんな訳解らない話になってしまって…;;

言い訳のしようもございません;

しかし、リクエスト有難うございました!!