Scarlet Knight

赤闇とラズがジズの屋敷の客間を訪れると、見慣れぬ男が一人、ジズの正面の席に座っていた。
燃えるような赤毛に漆黒のスーツを身に纏った男性だ。こちらに背を向けているので顔付きはうかがえないが、ジズが楽しそうに談話しているので顔見知りだろう。
「おやラズに赤闇さん、いらっしゃい。ちょうどヴィルヘルムさんとお茶を飲んでたんですよ。ご一緒にいかがですか?」
ジズがそう言いながらこちらに微笑んだので、ヴィルヘルムと呼ばれた男がこちらを振り向いた。精悍な顔付きの若い青年だ。切れ長の目の下から頬にかけて牙状のマークが走っている。ジズやラズよりも鮮やかな、鮮血のような赤い瞳。
彼と目が合った瞬間、赤闇はぞわりとした悪寒を感じた。この男、あのプルソンがかわいく思えるほどのとんでもない魔力を秘めている。こいつが本気を出せばこの惑星、いや銀河の一つは消えるだろう。
「何ダコイツハ?」
ラズもこの男の強大な魔力を感じているらしい。体がわずかに震えている。
「おいおい、人に何だという前に、自分から名乗るのが礼儀だろうが」
思わずこぼれたラズの呟きに答える低音が響いてきた。彼のその声からも顔色からも威圧感と不機嫌さがにじみ出ている。
「ああヴィルヘルムさん、こちらは赤闇さん。私と同じ幽霊で魔術師です。白い服を着てるのはラズ、私の半身で赤闇さんの恋人ですよ」
不穏な空気を和まそうと、ジズがあわてて赤闇とラズをヴィルヘルムに紹介する。
「ラズに赤闇さん、こちらの方は私の友人でヴィルヘルムさん。暗殺組織のボス兼魔王です」
「マ、魔王?」
「魔王だと?」
ラズと赤闇は驚愕に目を見開いた。
確かに目の前の男は悪魔の特徴でもある尖った耳と牙を生やしている。だがこの世界では人外などゴロゴロいる。わざわざ魔王を騙る必要などない。しかし、この強大な魔力と威圧感、間違いなく本物の魔王である。
千年もの間魔術師として数々の悪魔を従えた赤闇も、魔王に会うのはこれが初めてだった。
「魔術師・・・半仮面を付けた赤い服の魔術師に、白い服の金髪の青年・・・そうか、お前らか」
まるで獲物を見つけた肉食獣のように、血色の目が剣呑な光を放つ。
「あの、ヴィルヘルムさん? 彼らが何か?」
「この前プルソンの奴が俺のところに訴えてきたんだよなぁ。『呼ばれたから行ったのに、いきなりドタキャン! その挙句抗議も聞かれずに強制退去だなんてあんまりだ!』ってよ。随分ひどいことする奴がいたもんだと思って特徴を聞いたら、どうもジズに似てるみたいでな。ひょっとしたら知り合いじゃないかと思って張ってたら案の定だ。やっぱり魔王として、民の声には応えねぇとなぁ」
魔王の真っ赤な目がラズに向けられる。その視線にまるで金縛りにでもあったかのようにラズは動けなくなってしまった。
「つまり貴様がここに来たのは」
ラズを背後に庇い、身構える赤闇。
「その慰藉料の取り立てだ」
そう言いながらヴィルヘルムがスッと立ち上がった。立ち上がるとかなり長身だということがわかる。
ヴィルヘルムが立ち上がった途端、部屋の空気が一瞬にして凍り付いた。今まで感じたことのない凄まじい覇気と魔力に、魔術師としての彼の本能が警鐘を鳴らし、全身から冷や汗が噴き出る。
「ちょっと、ヴィルヘルムさん?」
「なに、心配するなよジズ。この屋敷には傷一つ付けさせねぇよ」
ジズに不敵な笑みを向け、人差し指を立てて約束すると、二人の方に向き直る魔王。
「ラズを丸ごと持って行ったらジズも消えちまうからなぁ。腕か脚の一本で勘弁しといてやるよ」
「ふざけるな! ラズの髪一本、貴様などにくれてやるか!」
眼前のヴィルヘルムに殴りかかるが、拳は空を切っていた。
「どこ見てんだ? ここだよ」
耳元に囁かれたその声に素早く踵を返すが、彼はすでにそこにいなかった。
「なんだよ俺の動きも見えないのかよ?」
言い終わると同時に赤闇の鳩尾に膝蹴りを喰らわせた。
「っ!」
前のめりになった赤闇の頭部を鷲掴みにし、床に叩き付ける。
「赤闇!!」
青い炎を纏った無数のトランプが魔王めがけて飛んで行く。だが、ヴィルヘルムは無数のトランプを全て片手で受け止め、そのまま握り潰してしまった。
「残念だが、この程度じゃ俺は倒せねぇよ」
恐怖心を煽るように、ゆっくりとラズへと歩み寄る。まるで獲物をいたぶる猫のように、楽しそうな残忍な笑みを浮かべながら。
「・・・渡さん」
「あ?」
背後から聞こえた声に振り返ると、紅蓮の竜を従えた赤闇が立ち上がっていた。
「ラズは、絶対に渡さん!!」
赤闇の最大級の技、赤い炎の龍がヴィルヘルムに襲いかかる。
「ぐああああああああああああああああああああ!!」
「そのまま骨も残さず燃え尽きろ!!」
「・・・なんちって」
そう言いながら己を包み込んでいた劫火を、腕の一振りで掻き消してしまった。いや、正確には手から発生させた小さなブラックホールに吸い込ませたのだ。すでに見切っていたのか、床の絨毯には焦げ一つ付いてない。
「魔王奥儀の一つ、『暴食』だ。まあこれを使わなくても消せたけど、屋敷が火事になっちまうからな」
「くっ!」
万策尽きたか。
赤闇はぎりぎりと歯噛みした。もしヴィルヘルムが召喚された悪魔なら、魔術師である自分が魔界に強制送還できた。しかし、彼は誰かに召喚されたわけではない、自分の意志でこの場にいるのだ。魔力だけでなく身体能力もはるかに高いこの魔王。おまけにこちらが必殺技として放った霊力の塊をぶつけても平気でいる。どう足掻いても勝ち目はない。
例えこの身を犠牲にしても、ラズは守ってみせる!
そう決心して魔王を睨みつけた刹那、
「・・・ごぉかーーーっく!」
素っ頓狂な魔王の声が飛んできた。
「は? 合格?」
「いやあ、お前のこと結構魔界じゃ有名なんだぜ。『千年も黒魔術をしてる赤い悪霊魔術師』って。で、どういう野郎かと思って、見定めてたのよ」
「み、見定めるだと?」
「ああ。それに最近運動不足だったし、ちょっと遊ぼうと思ってさ☆」
へらへらと笑うヴィルヘルムを、呆気に取られて見る赤闇とラズ。
「まあ千年も黒魔術のために多くの人を騙し、裏切り、殺してたから、魂は罪の色に塗れているけど、さっきは凄い綺麗な輝きを放ってたぜ」
「魂ノ、輝キ?」
「魔族は魂の火の色合いや輝き具合がわかるんだよ」
先ほどとは別人のような人懐こい笑顔を浮かべる魔王。
「強い輝きってのは、誰かを守ろうとか、助けようとか、そういう強い意志を持ってる奴しか出せないんだよ。ちなみにさっき赤闇を助けようとしてたラズ、お前からも凄い輝きがあったぜ」
ラズににひっと笑いかける魔王ヴィルヘルム。
「ああもちろん、プルソンの奴はおもっくそぶん殴っといたぜ。ったく、生贄請求なんてろくでもねぇことしてんじゃねぇよ」
「ブ、ブン殴ッタ!?」
仮にも地獄の大王である悪魔を殴るなど、いくら魔王とはいえとんでもない男だ。
「ヴィルヘルムさん!」
三人の耳に怒気を含んだジズの声が響いた。こめかみがぴくぴくと痙攣している。
「まったくもう! 冷や冷やしましたよ!」
「あーもうごめんって!」
「ごめんで済む話じゃないでしょうが!」
「でも俺の演技、結構いい線いってたろ?」
「いい線いき過ぎてこっちは生きた心地しませんでしたよ!」
「死んでるのに『生きた心地』ってww」
「お黙りなさぁい!!」
軽口で返すため、ジズの怒りがますますヒートアップしていく。
「っと、加減はしといたけど、怪我させちまったな。悪ぃ悪ぃ。すぐに治すから」
赤闇に駆け寄り、彼に魔力を注ぎ込む。と、あっという間に痛みは消え、先の攻撃で切れた口の傷も塞がっていた。
「魔王奥儀の『嫉妬』だ。ちょっとした傷なら速攻で治せるぜ」
赤闇の傷が治ったことに、ラズも安堵の息を吐いた。
「それにしても、良かった」
「何ガ良カッタノダ?」
赤闇の手がラズの頬に添えられ、そっと自分の方を向かせる。
「お前に危害が無くてな」
「バ、馬鹿者、私ノタメニ無茶シオッテ」
目を逸らし、ぶっきらぼうな口調ではあるが、その顔色は赤く染まっている。
「かーっ! 見せ付けてくれるねぇ」
ヴィルヘルムのほんのり羨望を含んだ冷やかす声が飛んできた。
「俺もシャルロットと」
ぽつりと切なげに呟いた刹那、
「あの、凄い音が聞こえてきたのですが、大丈夫ですか?」
先ほどの戦闘音を聞いたシャルロットが心配して客間にやってきた。
「しゃ、シャルロット!? あいや、大丈夫なんでもないから!」
「ですが」
「ちょっとふざけて軽く暴れただけだから全く問題なし! 誰も怪我してないし! な!」
必死にこちらに同意するよう訴えてくるヴィルヘルムに、三人も頷くしかなかった。
「そうですか。お元気なのはよろしいのですが、お怪我をなさらないようにお気を付けて下さいね」
「う、うん。心配かけてごめんな」
シャルロットにやんわりとたしなめられて、ヴィルヘルムの耳が少々垂れた。
どうやらこの魔王にはジズに怒られるよりも、シャルロットに怒られる方が効くらしい。

後日、ヴィルヘルムの実年齢が自分達よりもはるかに下だと聞いて、さらに驚愕するラズの姿があった。

―Fin―



誕生日のお祝いにロノウェ様から頂きました!
リクエストOKとのことだったので、せっかくだからと赤白で何か書いてください! と申し上げたところ………
うわぁお!;
なんというか、まさかあちらのヴィルヘルムさんが召喚されるとは思いませんでしたw;
うちのヴィルさんとえらい違いの魔王っぷり……
もうなんというか、いろいろびっくりですね! だってうちの最強三人衆がひよっこにしか見えないんですもの!!!;
特に赤が………あ……あれれれれ;;;;;;;;;;;
これが世界の差か!!!;;;;; 軽くへこむくらい赤が弱く見えて逆に笑えましたw; いやぁ、ヴィルヘルムさんお強いんですね!!!!(゜∀゜;)
また改めて自分のとこの世界のちっこさを確認しました;;;;;

ロノウェさん、素敵な小説をありがとうございました!