Snowscape


「―――雪か……」

 夕飯の買い物を終えて店から出たバクラは、灰色の空から降る白い物を見て、ポツリと呟いた。日本に流れてきて初めて見た時は驚いたものだが、今はすっかり慣れた。エジプト育ちの記憶がある彼にとって冬の寒さはかなり厳しいものがあるが、どんなに寒くても、雪が降ると少しだけマシな気分になる。何だか子供のようだと苦笑するが、それでもやはりバクラにとって雪は新鮮だった。
 店に入る前には降っていなかったので、今出てくるまでの約1時間の内に、路面をうっすらと白くさせている。
「………」
 鞄の中から折り畳みの傘を取り出し、開く。そして買い物袋を揺らせながら、人の行き交う中を自分の家へ向けて歩を進めた。
 ――瞬間
「バクラ君!!」
 大声で呼ばれて反射的に振り返ると、もみじ頭に綺麗に雪が掛かって、まるでもみじ型のデコレーションケーキのようになった武藤遊戯が、顔を真っ赤にして走ってきた。
「ごめん! 今日かさ忘れちゃったんだ!  入れてもらえない?  僕このままだと雪だるまになっちゃうから!!」
 肩で息をしながらそう言う遊戯に、バクラは苦笑しながら傘を傾けてやった。どうやらこの雪の中、一時間程外を歩いていたらしい。
 頭の雪を払いながら、遊戯はバクラに合わせて歩を進める。
「いやぁ……ゴメンね? ちょっとカード買い過ぎちゃって帰りのバス代なくなっちゃってさ」
「お前らしいな」
「えへへ。でもバクラ君いて良かった。一時間歩いててこれだからさ、家に着く頃には本当に雪だるまに―――あ!」
 突然大声を上げた遊戯に怪訝な顔をすると、彼は慌てて頭を下げる。
「ごっゴメン! 僕ってば鈍くて!!」
「は? 何が……っ!!?」
 言い終わる前に、遊戯は彼に変わっていた。
「うんうん。相棒は優しいな。バクラとの相合傘変わってくれるんだから」
 そう言いながら、遊戯はバクラの手から傘を抜き取る。
「傘は彼氏が持つのが定石だろ?」
「――俺も男なんだけど……」
「周りは気付いてないから大丈夫!」
 笑顔を浮かべる遊戯に、同じように笑顔を浮かべて足を思い切り踏み付けてやった。
 途端に笑顔は悲痛な顔に変わる。
「……すみません」
「解れば良し」
 そう言うバクラに苦笑しながら、遊戯は空を見上げる。雪の勢いは先程からどんどん強くなっていた。
「――雪さ、止むまで家に居させてくれよ。傘借りてっても、あんま意味無さそうだし」
 言って笑い掛ける遊戯に、バクラは少し考えてからぎこちなく頷いた。
「今日中には止まねぇって出てたから、弱くなるまでな」
「……雪宿り?」
「何だそれ」

       


 獏良宅に到着してから、雪は見計らったように強さを増した。あそこでバクラに逢っていて本当に良かったと、遊戯は密かに胸を撫で下ろした。
 そうして一時間、二時間と過ぎたが、雪は弱まるどころかどんどん強くなっている。
 三時間後にバクラが窓のカーテンを開けると、外は純白に塗り替えられていた。
「おー綺麗に積もったなー」
 後ろのソファで呑気な声を上げる遊戯に、バクラは溜め息混じりに振り返り、
「んな事言ってる場合かよ。どーすんだよコレ。全く弱まんねぇじゃん」
「大丈夫だよ。さっき家に『今日は帰れない』って連絡入れたし」
 その言葉に、バクラは一瞬硬直した後、
「いつ!?」
「さっき。バクラが上着置きに行ってる間。勝手に電話借りてゴメンな」
「謝るのはそっちじゃねえだろ!!?」
 と、頬を紅潮させながら大股にソファに向かって歩いて行く。
「何勝手に泊まるって決めてんだよ!?  まず一言断ってからに……」
「泊めて」
 うっ、と息詰まったバクラに、遊戯は満面の笑みを浮かべる。そして数十秒後――
「……………いいよ」
 と呟くようにそう言って、静かにソファに腰を下ろした。

「――止まないな」
「そだな」
 もう何度目かというやりとりに、バクラは内心溜め息を吐いた。雪は好きだ。だが、不安になる。
 この世の全てを、真っ白に染めてしまうから。
「………」
 不安。そして羨望。
 自分の心も、真っ白に染めてくれたらいいのに――。
 心の中の赤黒い記憶も、今ある優しい思い出も、有無を言わさず真っ白に塗り替えてくれたなら、どんなに楽だろう。
 世界の全てが真っ白になったら、何もかも、埋もれて消えてしまうから。

「今、何考えてる?」

 その言葉でピクリと我に返ったバクラは、慌てて遊戯に向き直った。瞬間、吐息が触れるくらい近くに遊戯の顔があって、思わず目を閉じると案の定唇を塞がれた。
 数秒後に唇を離すと、遊戯はバクラの目を覗き込むように見つめながら、そのプラチナの髪に手櫛を入れる。
「……また何か、出口の無い事考えてたんだろ」
 囁くようにそう言う遊戯に、バクラはふいと顔を逸らした。その仕草に軽く息をついて、彼の首から下がった千年リングに、軽く手を掛ける。
「――俺じゃ……不満?」
「え?」
 手を首筋へ。
「結局俺じゃ……バクラを包めない?」
 そのまま、頬へ。
「俺は……いらない?」
「違う!!」
 叫んだ瞬間、また唇を塞がれる。今度は何処までも柔らかい――甘く濃厚なキス。
 絡まる舌が優しくて、少し気を抜くとあっという間に石を持っていかれてしまう。
 歯列をなぞり舌裏を愛撫し、零れる唾液をすすりながら、遊戯はバクラをソファへと押し倒した。
 糸を引かせながら唇を離して彼の目を見ると、少し涙が滲んでいる。
「苦しかった?」
 訊ねて、ゆっくりと千年リングを首から外す。
「……そ……じゃ……ない……っ」
 震え声でそう言うバクラに、遊戯は薄く微笑んで、そっと服に手を掛ける。
 慣れた手つきで一枚一枚脱がしていく遊戯を、バクラは珍しく抵抗せずに見つめていた。

 ――優し過ぎるんだ……お前は…………

 零れそうになる涙をこらえるので、精一杯だった。
 どうして、こんなにも心を見透かされてしまうんだろう?
 雪は全てを白く染める。しかし、きっと何があっても、あの赤黒い記憶を白く消す事は出来ないだろう。
 今でも、思い出せば耳を塞ぎたくなる、同胞の断末魔。
 怒り、憎しみ、恨み、悲しみ、そして呪い。
 そんなどろどろしたモノを抱えているのに、それでも彼は自分を包んでくれた。三千年間ずっと、殺そうとしていたのは――彼なのに……
「っあ……」
 突起を愛撫されて、小さく声があがる。
 徐々に胸が火照りだす。片方を指先で転がされ、片方を口に含まれて、呼吸がどんどん荒くなり、甘い悲鳴が小さく零れた。
「うっ……ん……あっあぁ……」
 細かく震える体を、遊戯が優しく包み込む。
 そして、手が下へ下へと移動するにつれ、体の震えは強くなる。
「んあっ!」
 ピクンと反応する体に、遊戯は微笑んで更に愛撫する。
「あっ……や……遊っ……」
 じわじわと登ってくる快楽に意識を呑まれつつ、バクラは自分を呪った。
 こんな事してはいけないのに――
「っ!!」
 彼の細い指が、バクラの中に侵入してくる。
「あうっ……んあっ・・・…あっ……ゆうぎ!」
「外はあんなに寒いのに……バクラの中は、凄く熱い」
 カァッと顔を赤くするバクラに微笑み、二本目の指を潜らせる。
「はっ……あっ……やぁん……」
 甘い叫びが高くあがる。片方の手は、変わらずバクラの熱を高め続ける。クチャクチャと濡れた音が響き、それが遊戯自身の熱も高めていく。
 首をのけ反らせ、喘ぎ声をあげながら、涙で霞んだ天井を見つめる。
 中を激しく掻き回されて、熱い吐息はかすれた空気に溶ける。
 そして遊戯の指が、二本同時にバクラの中の一番感じる場所を攻めたてた。
「やっ! 駄目待っ……あぁぁああー!!」
 白濁の液体が放物線を描いて、ソファの上に軽い音をたてて落ちる。
「――可愛い……」
 暫くして呼吸も静まり、ぐったりとソファに沈み込んでいるバクラの髪を、遊戯は愛おしむように撫で、また深く唇を重ねた。
 その温もりが優しくて、バクラは自然、体中の力が抜けていくのを感じた。
 このまま時が止まってしまえばいいのに―
「ああっ」
 ピクンと体が大きく跳ねる。
 遊戯がバクラのソレを口に含み、歯と舌で激しく愛撫する。甘い悲鳴が絶えずあがり、ソファのシーツを固く握って、必死で理性を繋ぎ止めた。
 彼の舌が動く度に震える体。遊戯がわざとのように濡れた音を立てて、それが徐々にバクラの性感帯を侵していく。
 そして、彼が自分の脚を大きく開かせ、先端を押し当てた。
「っ!」
「力、抜いて」
 囁きと共に、遊戯がバクラの中を割り開くように進み出す。
「あっ……あっ……!」
 自分の中の奥まで収まり、遊戯の脈打ちが伝わってきて、体が細かく震えた。入り口は彼を銜えたままヒクヒクと震える。一瞬何処までも沈むような安堵を感じ、バクラは細く息を吐いた。
「……ゆ……ゆう……」
「動くよ」
「あああっ……!」
 狭い内部を擦りながら動き出す。最初はゆっくり、徐々に激しく、ズチュリ、グチュリと肉の擦れる音が、暖房の空気音より大きく響く。寄せては返す快楽の波に翻弄されながら、バクラは遊戯の温もりに安心していた。
 凍り付きはしないだろう。この手が自分を繋ぎ止めている限り――
「あっあっあっ」
 奥まで突かれて、内部を擦りながらまた戻る。どうしようもなく突き上げてくる快感に何度も意識を持っていかれそうになる。
「はぁんっあんっあっあぁっ」
「気持ち……いい?」
「う……ん……っ」
「俺もだよ」
 だんだん荒くなってきた吐息と共に耳元でそう囁かれて、また唇を塞がれ、そのまま激しく動き出す。
「んっんんっん……っ」
 首筋を舐め上げ、律動の速度を上げる遊戯に、バクラは必死で理性を保つ。
 彼が動く度に体が大きく反応して、だんだんと理性は快楽に呑まれていく。もう、どうにでもしてほしい――彼になら……。
「あっあっ……ゆうぎぃ……っ!」
「うん……いいぜ……もう、俺もイきそうだ……」
 掠れた声でそう囁いて、遊戯がさっき以上に激しく動き出す。
「あっあっあっあっ」
 遊戯はバクラの手を取り、自分の背中に回させた。そのまま体を密着させると、ぐっと奥まで突かれて、甘い悲鳴が高く上がる。
何回目かの突き上げで、
「ひっあっゆう…っあっあぁあああぁあ――!!」
 キツくキツく遊戯を締め付けながら弾けるバクラ。その締め付けで、遊戯もバクラの後を追うように、彼の中に熱い液体を吐き出した。
 白濁の熱情が、遠慮なく二人を汚した。

         


「――風呂、出来たから……先入れよ」
「ああ……悪いな」
 窓の外は、すっかり日が落ちて暗くなっていた。その暗がりの中で、今尚降り続いている雪が白く明るい。
 遊戯はゆっくりと立ち上がると、窓まで歩み寄り、軽く硝子に手を掛けた。
「……随分積もったな。雪」
「………そうだな」
 夕方から降り始めたソレは、もう10センチ以上積もっている。窓から見下ろす童実野町の夜景に白く浮かびあがり、静謐な光景を広げていた。
「明日さ……雪溶ける前に、二人で足跡付けて散歩しないか?」
 その言葉に、バクラは俯いていた顔をハッと上げ、目を見開いた。
 今の一言だけで、全て解った。
 雪は、全てを真っ白に埋める事が出来る。だがそれは、いずれは必ず溶けるのだ。
 忘れたい想い。赤黒い記憶。
 いずれは必ず露出する。一時は隠す事が出来ても、その場凌ぎでしかない。しかしそれでも―彼は確かに包んでくれた。
 完全に忘れる事はできないけれど、彼は柔らかく、包んでくれた。
 ゆっくり時間をかけて降らしたモノは、確かに自分の心を染めてくれていたのだ。
 例え、いつかは下にあるモノが浮き出してしまうとしても、無駄なんかじゃない。
 それは確かに、自分を包んでくれたのだから……
「―――うん……」
 どうして、こんなにも全てを見透かされてしまうのだろう?
 そんなに、目に見えて不自然な態度をとっていたとは思えない。獏良の前でも、似たような事を考えている時もある。なのに、それに気付いてここまで見透かしてしまうのは、彼だけだった。
「……一人で溜め込むなって言ったろ?」
 バクラに歩み寄ってそう囁く遊戯に、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「わっ!!!」
 突然の浮遊感に慌てるバクラを、遊戯は笑顔で黙らせる。当然バクラは彼に抱き上げられていた。
「折角なんだから……一緒に入れよ。背中、流してやるからさ」
「……そこまでしなくていいっつの」
 溜め息混じりにそう言うバクラに、遊戯は笑って、そのまま脱衣場へ入って行った。


 翌日の早朝、もうすっかり雪は止み、童実野町は真っ白な雪で包まれていた。
 まだ日も昇りきっていない、少し暗いその街を、バクラと遊戯は足跡を付けながら歩いていた。

 ――二人で……


End





うっわ……甘……;;何なんだコレは!!意図が解らんぞ!!
えーと、yuki様、5666hit有難うございました!大変遅くなって申し訳ありません!!!
ですのに・・・…やっと出来たのがコレかよ……。すみませ……(汗×15)
この話、つくしちゃんが家に泊まりに来た時雪が降って、翌日学校で友人Mに『昨日雪降った時外にいて、家についたらデコレーションケーキになってたよ』と言われて思いついたネタでした。
ごめんよM!;;
何か悲しくなってきたのでこの辺で!!(逃)