呪縛



「じゃあ、ここにコレを置いて」
「いや、先にこっち」
「――それだと難し過ぎないか?」
「これが勇者側の最初の試練なんだよ」

放課後の教室。
もう太陽はとっくに地平線の下に沈んでいる。
蛍光灯の無機質な光がこうこうと照らす中、遊戯とバクラはモンスター・ワールドのダンジョン傾向を練っていた。口論と賛成を繰り返して、もう何時間が経過しただろうか?
「よし。決定」
言って、バクラは机上に広げたノートとペンを鞄にしまう。
「また夜になっちまったなー」
ぼやきながら遊戯が窓の外に目を向けると、夜空にはひっそりと、青白い月が掛かっていた。
二人は鞄を持って、教室を出る。
冬の夜空は見事に晴れ渡り、廊下の窓から見える空には、いくつもの星が鏤められ、それが時折強く吹く北風の奥で瞬いていた。
「これだけ星出てるんだから、明日も晴れるな」
「ああ」
暗い廊下を歩きながら、遊戯は深く息を吸う。冷たい夜気が肺に満ちる。ゆっくりと吐き出して、バクラに向き直り、
「このまま、三日後も無事に晴れてくれるといいんだけどなぁ」
苦笑気味に言う遊戯の言葉に、バクラは一瞬表情を歪め、
「――そうだな」
小さく応えた。
「?」
その様子に疑問を抱いて、足を止める。
一瞬だけ浮かんだバクラの悲痛な表情を、遊戯は見逃さなかった。
「バクラ? ……何か今日変だぜ?具合悪いのか?」
言って、軽くバクラの顔を覗き込む。今日は、何だか様子が可笑しい。ゲームの話をしていた時も、何処かいつもと違っていた。

何処か、目が――――哀しかった。

「……いや。何でもない」
素っ気無く答えて目を逸らして、バクラは歩を進める。そんなバクラの反応を見れば、逆に心配になってしまう。遊戯は顔に不安を浮かべて、暫くバクラの後ろ姿を見つめていたが、我に返って急いでバクラを追い掛ける。バクラは、もう角を曲がって、階段に足を掛けていた。
「何でもなくないだろ?どうしたんだよ?」
小走りに追い掛けながら訊ねる遊戯に、バクラは無言で足を下ろす。
「おい!」
そんな彼に少し強い口調で呼び掛ける。
何でもない筈がない。何の保障もないが、遊戯の鋭い直感がそう告げていた。
「何でもないって言ってるじゃ――」
遊戯の言葉を否定しようと振り返ったバクラの体が、次の瞬間大きく傾いた。
「――――バクラ!?」

         *

「――――――ん……」
瞼を開けると、薄暗い天井が霞んで見えた。ツンと香るのは、消毒液の匂い。
「起きたか」
自分の顔を覗き込んで安堵の息をつく遊戯に、バクラはまた瞼を伏せて、
「――保健室?」
「ああ」
「………気絶したのか……」
「骨折るよりずっとマシだろ?」
言われて、バクラは少しだけ眉を顰める。
あの時、振り返った勢いでバランスが崩れ、階段を踏み外した。
普通なら骨くらい折って当然の体勢だったのだが、素早い反射運動で受け身を取り、それを免れた。だが、その際少々頭を打ってしまって、結果気を失ったという事だった。
「階段の一番上から落ちて掠り傷も無しとはな……。流石盗賊王」
感心しているのか呆れているのか、腕を組んでそう言う遊戯に、バクラはゆっくりと上体を起こして、
「充分体鈍ってるよ。盗賊が逃走途中で気絶なんざしたら終わりだろが」
静かにそう言って、薄く目を開けた。気を失っていたのは、どうやら僅かの間だったようだ。
深く息を吸って、ゆっくり吐き出す。
そんなバクラに苦笑して、遊戯はベッドに腰掛けながら、
「まあまあ。ケガしなくて良かっただろ?もう三日後には、美術館に行くんだからさ」
その言葉を聞いた瞬間、バクラは布団を強く握り締めて、硬直した。
そう。今日決まった事だった。遊戯に城之内に杏子……いつもの五人で三日後、童実野美術館へ行く事になった。――――三枚の神のカードを持って。
「おい、バクラ?」
呼び掛けにビクリと我に返り、それから悲痛に表情を歪める。
「………………………………」
そして遊戯には何も応えず、暫く俯いてから、ポツリと呟いた。
「遊戯、今すぐ俺の心を砕いてくれ」
「え?」
思わずそう返した遊戯に、バクラが鋭く目を合わせる。
その瞳は強く厳しく、そして、とても哀しかった。
「お前の千年パズルの力なら出来るだろ? ずっと前に海馬にしたように、俺にだって出来るだろ? 頼むから今すぐやってくれ!!」
「バクラ?」
「早く! もう時間がないんだよ!!」
必死の形相で訴えるバクラに、遊戯は困惑する。
確かに、自分は他人の心を砕く事が出来る。
MIND‐CRUSH―心の崩壊― それを喰らった相手はほぼ放心状態になり、心のピースを全て完成させるには、かなりの時間を要する。遊戯は以前、海馬瀬人にその罰ゲームを執行した事が有った。それはかなり重い罰ゲームだったし、それを受けるという事が何を意味するのかバクラも重々承知している筈だ。なのに、何故そんな事を突然言い出すのか全く理解出来なかった。
時間がない? 何の?
「今なら人いないんだから丁度いいだろ? 早くしろって!」
「待て! ちょっと落ち着け! どういう事だよ!?」
「いいから! いいから早く!!」
「――っ」
らちがあかないと思い、遊戯はバクラの腕を強く引いて、自分の胸に抱きとめた。
瞳を見開いて硬直するバクラの髪を、遊戯は労るように優しく撫でる。
「――大丈夫だから、落ち着け。な?」
囁くようにしてそう言う遊戯の服を強く握って、バクラは苦しそうに瞳を閉じ、唇を引き締めた。
とてつもない罪悪感が押し寄せてくる。
今、今自分がこうして遊戯に抱かれているのも、彼に対する裏切りなのだという事を、考えずにはいられなかった。
このまま、消えてしまたら良かった。
この温もりが消えてしまう前に、跡形もなく消えてしまえたなら……
「…………」
こうしている間にも、時間は刻々と過ぎていく。
静寂の中、妙に大きく響く時計の音が、更にバクラを追い詰めていった。
「バクラ……何でさっきみたいな事言ったんだよ?」
暫くの後、遊戯が静かにそう囁いた。
「何があったのかも……事情も内情も解らないままで、俺がお前にそんな事できる筈ないだろう?」
言って、バクラの長いプラチナの髪に、そっと手櫛を入れる。
「聞かせてくれなきゃ……このまま離してあげないぜ?」
少しだけ意地悪な微笑みを浮かべてそう言う遊戯の服を、バクラは更に強く握り締めた。
言ってしまえたら、どんなに楽だろう?
三日後に起ころうとしている事を全て話してしまえたら、どんなに楽だろう?
だが、この時から既にバクラの心は、ゾーク・ネクロファデスによって縛られ始めていた。
古からの、呪縛。
今、全てを告白してしまえれば、彼は三日後にもう一度死なずに済む。自身の本当の名前を手に入れ、自分もろとも闇を切り裂く事が出来る。
だが、言えなかった。
その事を口にする事は、バクラがどんなに望んでも叶わなかった。

それが――呪いだから……

「…………っ」
自然、涙が流れた。
胸を締め付けられるような痛みが、じわじわとバクラを蝕んでいく。
今、自分を包んでくれている唯一の存在を、バクラは裏切ろうとしている。
彼に対する悲しみ。自分に対する憎しみ。
どうしようもない感情の堰が壊れて、涙というカタチになって表に溢れる。もう、自分でもどうすればいいのか解らない。
救って欲しい。彼を。
壊して欲しい。自分を。
「……バクラ……?」
自分の胸元が熱く湿っていく事に気付いて、遊戯は慌ててバクラの顔を上に向かせる。バクラの深い紫苑色の瞳から、涙の滴が次々と零れ、彼の頬を伝って落ちていた。
そして、か細い声で、
「――――ごめん……」
「……バクラ?」
「俺……このままだと、またお前と殺り合う事になる……!」
その言葉に、遊戯は一瞬瞳を見開いた。
「だから……俺をこのまま美術館に連れていかないで!今すぐ心を砕け!!でないと……取り返しのつかない事になる!お願いだからそれだけはさせないでくれ!?もうこれ以上、お前にあんな事はしたくないんだよ!!!」
振り絞るような声で、叫ぶようにそう言って、バクラは自分の首から千年リングを外し、床に投げ捨てた。
解っていた筈だ。最初からこうなるという事は。
自分と彼は敵同士だ。こうなる事は、最初から解っていた。
解って――いたのに――――……
「ごめん……俺………俺がお前の事…………好きにならなければ……」
言いかけたバクラの唇を、遊戯の唇が塞いでいた。
そして、そのままバクラをベッドに押し倒した。
「……っ」
少し唇を震わせると、遊戯の柔らかな舌が自分の舌に絡まり、ふわっと吐息が触れて、全身の力が抜けてしまった。
甘い唾液が零れ、自分の口内を遊戯の舌が愛撫する。そしてそのまま、自分の舌を彼の舌が、彼の口内へと導く。
「――――」
深く熱く、甘い口付けを味わい、暫く経ってから、唾液で糸を引かせながら唇を離すと、遊戯はそのままバクラの瞳を見つめながら、
「――そんな悲しい事……言うなよ」
「え?」
「お前が俺に返事を返してくれた時、どれ程嬉しかったと思ってるんだよ……!」
涙に濡れた頬にそっと手を添えて、遊戯は強い瞳でバクラを見据える。
「本当に……嬉しかったんだぞ? どうしようもない位嬉しかったのに……それを誤りだったみたいな事言うな! 俺の気持ちはどうなるんだよ!? そんな……そんな勝手な事許さないからな! そんな事言うなよ!! そんな……悲しくなるような事……言うなよ」
頼むからさ、と、苦しそうにそう言う遊戯にバクラは困惑の色を浮かべ、思わず目を逸らした。
こんなにも彼は、自分を大切にしてくれている。
そんな相手を、自分は裏切ろうとしている。
「………………………………ごめん…………遊戯……」
また、涙が流れた。
泣きたくなんてないのに、勝手に涙は零れ続ける。もう、本当に、どうしたらいいのか解らない。逃げ出す事も、消えてしまう事も叶わぬ孤独の中で、自分が唯一逃げ込める場所。思えばそれは――今バクラがいるトコロ以外に、一体何処が有ったろう?

彼の――遊戯の……腕の中以外に…………

そう心の中で呟いた瞬間、また大粒の涙が零れ落ちた。
もう、彼の腕の中以外に、今のズタズタになった自分の心を放り出せる場所など、何処にも無いではないか……
「もう……いいよバクラ」
耳元で囁かれて、反射的に顔を向けると、また唇を塞がれた。
少ししてから唇を離して、遊戯はバクラの涙をそっと指で拭う。
「――辛かったんだな…………」
目を見開くバクラに、遊戯は優しい微笑みを浮かべて、
「お前に何が有ったのかは……俺には解らないけど………辛かったんだろ? 何かが心に押し寄せて来て、ずっと苦しかったんだろ? それをここまで耐えてきて…………もういいんだよバクラ? これ以上一人で詰め込まなくていい。もう、吐き出していいんだぜ? その為に俺が傍に居るんだからさ。――話したくなければ、無理にとは言わない。けど、話したくなったら思いっきりぶちまけろ。バクラはもう、充分耐えてきたんだよ?」
その言葉に、バクラは本当に息を詰まらせた。
――どうしてこの男は、何も言わなくても自分の内側を見透かしてしまうのだろう?
頬に添えられた遊戯の手に、また大粒の涙が落ちていく。
今まで張り詰めていたモノが、溢れ出したかのように――
「あんまり泣くなよ。バクラの泣き顔は綺麗だけど、俺はどっちかって言うと、笑った顔の方が好きなんだから」
そう言って笑みを浮かべる遊戯に、バクラは少し赤面する。
「……何…………下らねぇ事言……ってんだよ……!」
「おいおい、俺の一番大事な人の事を下らないなんて言うなよな。最も、お前の泣き顔も本当の笑顔も、俺以外には見せやしないんだろうけど」
「…………だから……そ……いう事言うなってんだろ……バカ………ッ」
言って、バクラは恥ずかしそうに俯いた。

「――――っあ……」
上着もYシャツも脱がされて、剥き出しになった白い胸に、遊戯が手を這わせる。そしてそのまま、ピンク色の突起を指先で転がす。
「ん……っ……う」
身じろぎするバクラの体を、遊戯は左手で優しく包み、激しく突起を刺激した。甘い悲鳴をあげるバクラに微笑みかけ、更に突起を摘んでこね回し、顔を首に埋めて首筋にキスを降らせた。
「ひあっ……んっあああ………っ」
仰け反って喘ぐバクラの突起を、今度は両手で左右同時に責めたてる。ビクビクと反応するバクラに、遊戯は優しい眼差しで笑み、舌で突起を舐め上げた。
「ひう…………っ!」
高鳴る鼓動。
快感が理性を蝕み始める。少し突起を弄られているだけなのに、バクラの息はどんどん荒くなり、彼が舌や指を動かす度に体が反応し、甘い疼きが突き上げてくる。
「あ……あ……っ遊……戯………っ」
熱い吐息と共に名を呼ぶバクラに、遊戯は突起を音を立てて吸い上げてから顔を上げ、バクラに深い口付けをした。
柔らかくも熱いキスを味わいながら、遊戯は手をゆっくりと下の方へ伸ばしていく。
「あ……っ」
唇が離れると同時に、遊戯がバクラの熱をその手に包み込む。
「大丈夫だから」
囁くようにそう言って、滴が零れる先端を、軽く爪で引っ掻く。
「ああ!やっ……ゆう………っ」
シーツを強く握り締め、甘い声で鳴くバクラのそれを、遊戯はわざと音を立てるように
刺激する。遊戯の指が動く度に、ビクンと体が反応して、一瞬送れて喘ぎがあがる。
「本当に感度がいいよな……。ちょっと上弄っただけで、こんなに濡れちゃうんだから」
「バッ……!ああっ」
「愛してる」
濡れた音が、暗闇の中で大きく響く。
荒い吐息と共にあがってしまう自分の声に戸惑いを感じつつも、その叫びを止める事は安易ではなかった。ここは、夜といっても学校の保健室なのだから、見回りに見つからないという保障はない。だから、これでも声を出すまいとしているのだ。だが、相手が遊戯では、その努力も殆ど無意味だった。
遊戯は、妙に真剣な、しかし優しい目でバクラを快楽へ導く。少しでも気持ち良いようにと、的確にバクラの弱いトコロを刺激していく。
「あっ」
細い指が、バクラの中に潜ってくる。
「あっあっ……やっ………ん」
中を激しく掻き回しながら、もう一方の手は変わらずバクラの熱を高め続ける。
「あうっ……ゆう……ぎっ……やぁ」
大きく仰け反るバクラの首筋を舐め上げ、二本目の指を差し入れる。
「ひあっ!」
瞳を一杯に見開いて反応するバクラの中を、二本の指が容赦なく掻き回す。
「ん……と………ココ、だよな?」
不敵な笑みを浮かべて、しかし妙に真剣な瞳でそう言った直後、遊戯がバクラの中の、ある地点を二本の指で、くっと押した。
「……あ……っ……ああぁーっ!!」
甘い叫びが高らかに響いて、白い精液が放物線を描き、シーツの上にぱたぱたと落ちる。
「……はぁっ……はぁっ……はぁっ………」
ぐったりと目を閉じて荒い呼吸を繰り返すバクラに、遊戯は優しく微笑んで彼の髪を撫でる。そして耳元に唇を寄せて、
「可愛いな」
囁きと同時に、指がバクラのあの場所を軽く突く。
「んああっ!」
激しく身じろぐバクラ。
たった今引いた熱が、またすぐに疼き出して競り上がってくる。
遊戯は、もうバクラ以上に、彼の身体を知り尽くしているようだった。
背中に腕を回してバクラを抱き起こし、舌先で突起を舐め上げる。
ビクンと反応する彼に視線を合わせ、その瞳を覗き込み、
「――もう……孤独(ひとり)にはさせないから」
強い眼差しでそう囁いて、深く唇を重ねる。今の彼の言葉が頭に浸透していくようで、バクラはまた涙を流した。
――駄目だよ……遊戯…………
滴は紅潮した頬を伝って、彼の手の甲に落ちる。
――もう……一緒には居られないから…………
そう思うと止まらなくて、熱い滴が零れ続ける。
「あんまり泣くなって。俺はここに居るから」
言って、遊戯はバクラの涙を吸い取る。
彼の優しい言葉が、逆にバクラの心を抉っていった。
これ以上一緒に居れば、本当に取り返しの着かない事に――――
「ひああ!」
体が激しく反応する。遊戯がバクラのそれを口に含み、舌で愛撫した。
「あっあっ」
何とか保っていた意識を、どんどん快楽が蝕んでいく。
「ああっゆうぎ……っやっ……やぁー……ん」
熱い吐息と共にあがる自分の声。まさか自分の口から、こんな甘い喘ぎがあがろうとは彼に会うまで知らなかった事だった。
遊戯の舌が動く度に、体が勝手に反応する。わざと音を立てているかのように、遊戯はバクラのそれを愛撫していく。先端を舌先で弾き、キスをして、そのまま根元まで咥え込む。
「んん……っあぁ……ゆう……ぎっ」
上ずった叫びも笑顔で黙らされて、先端を強く吸われた。
「やっ! 待……っ……あ――あああーっ!!」
二回目の絶頂。
遊戯は、バクラの精液を一滴残らず飲み干した。
こんなにもあっさりとイかされてしまって、情け無いやら悔しいやらで逃げたくなるが、それでも彼が優しくて、今も、こんな自分を抱きしめてくれている事が嬉しくて、そのまま眠ってしまいたくなる。
どうしてこんなにも、彼の腕の中は安らぐのだろう――?
遊戯がバクラの髪を愛おしそうに撫でて、だんだんと呼吸も整ってくる。
「……さて………そろそろ俺も限界だ」
言って、遊戯はバクラの足を大きく開かせて、先端を押し当てる。
「――あっ………」
「力、抜いてね」
優しく囁いて、遊戯がバクラの中に侵入してくる。
「あああ! ん……くは……ぁ」
狭い内部を割り開くようにして潜り込んでくる遊戯に、バクラは必死で深呼吸を繰り返す。
「……っ……気持ちいいぜ……バクラ」
全部が収まって、バクラは強く遊戯を締め付ける。彼の脈打ちが奥まで伝わってきて、甘い疼きが込み上げてくる。
「は……あ……っ……ゆう………ぎぃ……」
涙目で見つめるバクラに、遊戯はそっと頬に手を添えて、
「動くよ」
優しい、しかし強い眼差しで、掠れた声で囁いてから、遊戯が動き出す。
「あっあっあっあっ……!」
最初はゆっくり、徐々に激しく。
突き上げてくる快感を堪えきれず、甘い叫びが次々と溢れ出す。
ずちゅり、ぐちゅりと濡れた音が響く保健室で、遊戯は更に激しく動く。
奥まで突かれる度に、ギュッと遊戯を締め付けてしまう自分に赤面しながらも、それを止める事は出来なかった。
遊戯の呼吸も徐々に荒くなり、バクラの中でさっき以上に堅く大きく膨らんでくる。それを直に感じて、バクラはどうしようもない快感に襲われる。
シーツを強く握っていた手に、遊戯の手が添えられる。そして、そのままシーツから手を離して、遊戯の手を握った。遊戯も、バクラの手を強く握って、更に激しく突き上げてくる。
「ああっあ……ゆうぎ………もう……っ! ……あ」
「ああ……いいぜ。俺も……もうイきそうだ……」
荒い吐息と共にそう応える遊戯。
「あ……はっ……ん……ゆう……っあっあああああああああぁあああぁぁあぁ!!」
今まで以上にキツくキツく遊戯を締め付けながら弾けるバクラ。遊戯も、その締め付けで熱情の全てを彼の中に放った。

         *

「…………平気?」
「―――――――うん……」
全て綺麗にして、布団の中でバクラを抱くようにしていた遊戯は、やっと呼吸が整ってきた彼にそう声を掛けた。
もう全身の力が抜けて、されるがままになっていたバクラは、やっとの事で自分の髪を撫でる遊戯にそっと手を掛ける。
「……もう……平気だから…………」
掠れた声でそう応えて、バクラはゆっくりと上体を起こす。窓の外で、月はいつの間にか高く昇っていた。
「――――俺……最低だ………」
ポツリと、窓の外から聞こえる枯れ葉の騒めきにも掻き消されてしまいそうな程小さな声で、そう呟いたバクラの言葉を、遊戯はしっかりと聞き取った。
「…………………………お前が自分の事をそんな風に言う理由、やっぱり聞かせてはくれないのか……?」
静かにそう訊ねる遊戯に、バクラは表情を曇らせる。
言って、しまえればいい。そうすれば全て楽になる。
しかしどんなに願っても、その理由を口に出す事は出来なかった。
堪えきれない、悔しさ。
唇の内側を噛み締めて、バクラは俯く。誰か、誰でもいいから、今すぐ自分を消して欲しい。これ以上は、耐えられない。
最初は、こんな筈ではなかった。
最初は、三日後の日が来る事を、三千年間待ってきた。
瞼を閉じれば、いつでも蘇る同胞の残骸。全てはあの日に終止符を打つ為、これまでずっと待ってきたのだ。闇の扉を開き、邪悪なる力を手に入れ、クル・エルナの、盗賊村と呼ばれたあの村の怨念に代わって世界そのものを盗む。それこそがバクラの願いであり、存在意義だったのだ。
だが、自分は、その復讐の仇を、王を――愛してしまった。
何があっても彼を失いたくない。彼を死なせるくらいなら、自分が死んだ方がいい。
三千年という途方もなく永い年月、ずっと闇の中を一人で歩いてきた自分に、光を見せたのは獏良(あいつ)じゃない。冷え切っていた体に、温もりを与えてくれたのは――――
「……遊戯…………頼むから俺の言う事……一つだけ聞いてくれるか………?」
か細く、囁くようにして言うバクラに、遊戯も上体を起こして彼と視線を合わせ、頷く。
「………三日後、最後の闘いが始まる。――解るよな?」
「――――ああ」
「俺が言えるのは……ギリギリここまでだ。これ以上詳しい説明は……したいけど……出来ない」
トツトツと話すバクラに、遊戯はその都度、頷く。
「その闘いは……三千年前からの約束だ。……どうあっても、避ける事は出来ない」
知らず、シーツを強く握り締める。
「俺は……きっと…………」
声が、震える。
「――――お前を殺す事になる!」
吐き出すように、そう言った。そのまま俯いてしまったので、その時遊戯がどんな顔をしたかは解らない。
「けど……っ……けど俺………絶対にお前を殺したりなんかしたくない! 何があっても……お前だけは絶対に……っ………失いたくないよ……!」
何度目かという、涙が零れる。
遊戯の前で以外、こんなに泣ける事は無いだろう。
「だから……っ――だから、お願いが有るんだ……俺が………俺が三日後、お前を殺してしまいそうになった時……その時は――――躊躇わずに俺を殺してくれ」
その言葉だけは、ハッキリ言えた。
「絶対に……失いたくなんかないから………だからお願いだから……殺してくれよ!その時になったら、絶対に抵抗なんかしないからさ。解ってるから…………もう……駄目だって解ってるから!俺達はもうこれ以上、一緒に居ちゃいけないんだよ……?遊戯………最初から、解っていた事だったんだ…………なのに……俺……何で……こんな………!」
そこまで言って、遊戯がバクラを強く抱きしめた。
「ごめんな……バクラ」
優しく、しかし何処か強く、遊戯は言う。
「そうか……辛かったんだな…………。お前一人に、そんな辛い思いさせて……最低だな。俺」
「そんな事……!」
ない、と言う前に、
「俺、お前を愛してる」
息が、詰まった。
「なのに、お前がいなくなったら、悲しいだろ?」
優しい口調でそう笑い掛けて、更に強く抱きしめる遊戯に、バクラは強く歯噛みする。
「……けど……っ……駄目なんだよ遊戯……! もうタイムリミットなん……」
「俺の気持ちを無視するな!!」
遊戯の叫ぶような声に、バクラは一瞬ビクリと体を強張らせる。
「『失いたくないから自分を殺せ』だと? ふざけるな! それじゃあ俺の気持ちはどうなるんだ!? 俺がバクラを好きだって気持ちは――俺がバクラを失いたくないって気持ちはどうなるんだよ!? 俺だけを置いていこうなんて……そんな勝手な事考えてんじゃねえ!! 何でそんな……自分を追い詰めるような事しか考えないんだよ!? お前がいなくなったら……俺はどうすればいいんだよ!? 俺だって、お前を失いたくなんかない!! 失いたくなんかないのに……!!」
一気にそこまで言って、遊戯は口を噤んだ。それ以上の言葉は、必要無かったからだ。
顔に当てられていた遊戯の服が、じんわりと濡れていった。

嬉しさと、哀しさ。

そう、自分はいつも、自分の事しか考えていなかった。彼の、遊戯の気持ちなど、最初から何も考えていなかったのだ。
けれど――
「遊戯……それでも………どちらかの死を持ってしないと、今回の闘いは永遠に終わらないんだ」
掠れた声で、そう言った。
自分か、遊戯か―― どちらかが死ななければ、舞台の幕は永遠に降りない。その残酷過ぎる現実を前に、しかし答えは最初から解っていた。
片や盗賊。片や王。
どちらが死ぬべきでどちらが生きるべきかは、火を見るより明らかだった。
例え本人がそれを望んでいなくとも、彼を必要とする人々が、あの世界にも今の世界にも沢山居るという事を。その真実は、彼が何を言おうとも、変わる事はないのだから。
きっと遊戯も、その事を解っている筈だ。
「――――バクラ……怒らないで聞いてくれるか?」
突然そう囁いた遊戯に、バクラは戸惑いの色を浮かべる。肩に顔を沈めているから、遊戯には見えはしないだろうが。
「さっきの話、一応納得したつもりだ。三千年も前からの約束なんだから、そういう結末があって当然だよな」
「…………」
「だから……もし三日後、さっきお前が言ったのと同じような事になったら、その時は――」
バクラが、期待と憂いで顔を綻ばせる。
そうだ。もっと早くその決断をしなければならなかったのだ。三日後にはもう、躊躇している暇などないのだから……
しかし次の遊戯の一言は、そんなバクラの心を真っ白にさせた。

「お前を殺して、俺もすぐ逝ってやるよ……」

大粒の、涙が零れた。
今日、遊戯と三日後の事を話し出してから、一番熱い涙だった。
瞳を見開き、硬直した。それでも涙は止めど無く零れ続ける。堰き止められていた感情が、一気に溢れ出した。
「バクラ……ごめんな。俺、お前がいない世界でなんて……生きていたくないんだ」
込み上げる、感情の濁流。
「俺の世界は――お前なんだよ」

心が、拭われた。

バクラはその時、やっと声を出して泣いた。
遊戯の背に腕を回して、彼の服を固く握って、胸に顔を押し付けるようにして泣き叫んだ。
遊戯も、そんなバクラをしっかりと抱き返す。もう二度と離さないように、二度と孤独(ひとり)にさせないように――
もう、時計の針が何時を指していたか解らなかったが、二人にはその時間が永遠の物のように感じられた。
三日後、間違い無く訪れる血と肉が奏でる戦火の輪舞。
それを最初から知りつつも、逃げる事が出来ない悲しさ。
そんな一番大切な人を、救ってやれない悔しさ。
それが今は一つの渦か、あるいは一筋の帯となって、二人を取り巻いていた。
しかし、その中には微かに、ほんの微かに、喜びも混ざっていたように思う。

この時、遊戯は知らなかった。
三日後、とても悲惨で陰惨な光景が目の前に広がり、辺りに腐臭が満ちるような情景に立つ事は、この時、既に覚悟していた。
しかし、そこでの死闘の果てに手にするモノが、今自分が考えているモノと全く違うという事を。


――まさか今バクラを抱いているこの両腕で、今彼を救いたいと願っているその意志で、
            バクラただ一人を、殺す事になろうとは………………………






長らくお待たせしてしまって本当にすみませんでした!!
そして出来上がったのが妄想大爆発な物ですみません;;
yuki様に5555hitでリクエストして頂いた物です。
初の小説リクエストなのでドキドキしながら書いたのですが……ひぃ〜!すみませんでした〜!!(逃)