song



 鼓動が
 すぐそこに聞こえる

 たった一つのその音が
 精一杯鳴り響いて
 空気を震わせている
 呼吸を震わせている

 単調な筈の音が
 何故かとても暖かい
 何故かとても優しい

 心が癒される
 安心する

「!」
 バクラは目を覚ました。
 まだ辺りは真っ暗で、しんと静まり返った部屋の中で、バクラはパッチリと目を覚ました。
 マンションのソファの上。軽く毛布しか掛けていなかったが、何故か真冬だというのに寒くなかった。
「……え!」
 数瞬後に、気が付いた。
 自分が、遊戯に抱かれていた。
「ああ…起きたか」
 動揺するバクラの髪に、遊戯は優しい瞳で、そっと手櫛を入れる。
「遊戯……お前いつの間に来てたんだ?」
「ん…さっき…」
 しばしの沈黙。
「で…何で俺抱かれてんの…?」
 上目遣い気味に訊ねると、遊戯は目を伏せた後、ゆっくりとバクラの目元に手を添えた。
「だって…泣いてたから」
 囁くように、そう言った。
「え……え!!」
 確かにそうだった。
 瞳から、細く細く、涙の筋が頬を伝っていたのだ。
「昔の夢でも…見たのか?」
 心配そうな瞳で訊ねられて、バクラは、少し目を伏せた。
「…解らない…けど…何か…鼓動が聞こえた
「は?」
「いや、よく解んねーけど…その音が…何か凄く優しくて…」
 自分で言っていて頭がこんがらがってきた。どんどん恥ずかしくなってくる。
「あ…あ゛〜いや!いい!何でも無い!!気にすんな」
 軽く髪をすき上げてそう言うと、今の会話で少し赤くなってしまった顔を冷まそうと、顔を洗いに立ち上がった。と―――
「!」
 手首を遊戯に強く掴まれ、そのまま引っぱられて、抱き寄せられた。
 勿論、ソファに強制送還される。
「っ……遊」
「そうやって、また背負い込むなよ」
 バクラの言葉を遮って、遊戯はそう言うと自分の腕に力を込めた。
「夢の中で、何があったのかは、俺には解らない。けど、こうする事は出来るから…」
 バクラの耳元に、遊戯は、優しく囁いた。
「…あのさ…俺別にガキじゃねえんだからそんな…」
「喋るなよ」
 また言葉を遮られて、バクラは仕方なく、押し黙る。
 夜の静寂が、辺りを包む。
 どんなに恥ずかしがって抵抗しても、解っている。
 こうして彼に抱かれている時が、一番安らぐのだ。
 温かくて…何故だかとても…安心する……。

「!」

 気が付いた。
 鼓動が聞こえる。
 夢の中と同じ、あの暖かくて優しい音。
 単調なその音が、精一杯鳴り響く。
 自分の心を、癒してくれる……。
 生の証。
「……」
 ゆっくりと、瞳を閉じた。
 心地いい体温。その中で、脳裏に蘇る、過去のフィルム。
 クル・エルナ村、襲撃。
 そして目の前で散った、同胞の命。
 真っ赤に染まった地面。人肉の焦げる匂い。
 血気を飽和する程含んだ生暖かい風……。
 そういった記憶が、どろどろ、ごぼごぼと溢れてくる。心の中の、一番深いトコロに、厳重に鍵を掛けて沈めた記憶。
 だが、どんなに深い心の底に沈めても、ひょんな事でその鍵は外れ、溢れて、浮き上がってくる。
 そんな時、いつも彼は……

 遊戯は―――――…

「…サンキュ遊戯。もう…平気だから……」
 そう言って、バクラはそっと遊戯の腕を退いた。
「バクラ…」
「俺は…まだ、こんなだけど……弱いけど…でも、大丈夫。お前が居るから。……大丈夫。有難う…」
 囁く様にそう言って、にっこりと微笑む。そんなバクラに、遊戯もふっと笑い返す。
「けっこー頼りにされてんだな、俺」
「馬鹿。当たり前だろが」
 ケタケタと笑う遊戯に、バクラ少し顔を赤らめて目を逸らした。
「………」
 そんなバクラに、遊戯はそっと、手を差しのべた。
「……え?」
 動揺するバクラの顎に手を添え、そのままゆっくり、唇を重ねた。
「……………」
 暫くの間、そのまま時が止まる様な錯覚を覚える。
「……」
 ゆっくりと唇を離すと、遊戯はまたバクラを抱き寄せた。
「今日は…もう眠りな。もう嫌な夢は……見ないから」
 バクラの耳元に、囁く様にして話し掛ける遊戯に、バクラはさして抵抗する事もなく、瞼を伏せた。
 普段反抗的なバクラだが、何故だろう遊戯の前でだけは、とても素直になれる。それはきっと、彼が自分の全てを包んでくれたからだろう。
 自分の痛み、苦しみ、悲しみ、憎しみ、それら全てを包んでくれた、たった一人の、存在だからだろう。
 それと同時に、自分にとって最も大切で、最も愛しい存在だから……だろう。
 彼の言う通り、今なら嫌な夢は見ない様な気がした。
 何の保証も無いが、そんな気がする。
 先程見た夢がどんな物かは思い出せないが、今度は安心して眠れる気がした。

 遊戯に抱かれ、彼の鼓動を聞きながら、バクラはゆっくりと夢の中へ沈んでいく。
 彼の暖かい鼓動が、全てを満たす、メロディーの様に聞こえる。


 明日はきっと、
    また、いつもの生活が―――――


         END




シリアス。という事で読んで頂きたいものでございます。
しかし、読み返してみると……シリアスでも何でもない気が…凄く……(汗)