制限時間の熱量


 春の足音は聞こえても、まだ酷く冷たい風が吹き抜ける。そんな日。
 いつもの、童実野高校の屋上。これまで何度も昇って、この風に煽られた、いつもの屋上。この場所で様々な事があった。他愛もない小さな事から、自分の心の整理をつけるような大きな事まで。それはこの屋上に限らず、童実野高校という空間全てにあった。
 三千年振りに“彼”と再会したのも、この学校。そして別れを超えた永遠を受け入れたのも、ここだった。
 数え切れない程沢山の過去を、じっくりと味わうように思い起こしながら、バクラは屋上の柵に両腕をかけて、童実野町の風景を見渡していた。
 風が、彼の長い銀髪をそよがせる。
 きっと、もう来る事はないであろう、童実野高校の屋上で。

 何故なら今日は、獏良達の学年の、卒業式だから。

「――――ん……」
 眼下に見える体育館から、胸に小さな造花をつけた生徒達がゾロゾロと溢れ出してくる。
 どうやら、式が終わったらしい。あの卒業生の中には、遊戯に獏良、城之内、本田、杏子、御伽、海馬の姿もあるのだろう。
 そして、分裂してから名前を“武藤宛夢”として遊戯の従兄だと偽って転入した、アテムの姿も。
 分裂してから、自分と了は時々交代で通学した。しかし今日は卒業式なのだから、当然了が登校する日だ。だが『折角だから君もおいでよ』という一言でほぼ無理矢理連れてこられた。二人一緒にいるところを他人に見られたら何と言い訳する気だったのか。とにかく了が一緒に来いと言って譲らなかったので、バクラは元盗賊っぷりを存分に発揮し、全く人に遭遇する事なく高校までやってきた。式の間は体育館から離れていれば、知人に遭遇する心配はないだろうと屋上にいたが、物思いに耽っていたらあっという間に終わってしまった。『人気がなくなったら絶対みんなと一緒に帰ろうね!』と言われていたので、もう暫く待ってから合流しなければならない。場所は予め決めてあるので、会えなくなる事はないだろう。そうなったらなったで、その時に考えればいい。
 式が終わってしまったのなら、この場所に人が来る可能性が出てくる。また一目につかない場所に移動して、殆どの生徒が下校するのを待たなくては――
「っ!」
 はっ、と背後の出入り口を振り返る。
 式が終わったのはたった今の筈なのに、階段を昇ってくる人の気配を感じた。
 予想外の事態に一瞬困惑するが、すぐに出入り口の反対側へ駆ける。立方体のコンクリートの裏に身を滑り込ませるのと、反対側のドアが開くのはほぼ同時だった。背をもたれて一つ息を吐き、小さく安堵する。こんなところでもし獏良を知っている者に逢ってしまったら言い訳に手こずる。
 やれやれこんな時間にこんな所に来るのは何処のどいつだと、少し苛立ちながらそっと壁から覗いてみた。
「……あぁ?」
 呆けた。
 何故なら壁から見えた来訪者の後姿は、自分がよく知る男以外には絶対にあり得ない外見だったからだ。
 THE 歩く紅葉。
 いや、そうではなく――
「――――何で居んだよ。アテム」
 溜め息混じりに名を呼ぶと、振り返った彼は一瞬驚いた後、いつもの笑みを浮かべた。

「盗賊のお前にも劣らないだろ? 式の途中で上手く抜け出してこれたんだからさ」
「俺様なら階段上がる気配なんかさせねーよ」
 全く余計な緊張をして損した。どうやら彼も、自分とほぼ同じ理由でこの場に来たらしい。それならば別に式が終わってからでも良さそうなものだが、誰もいない屋上の方が良かったようだ。
「なら残念だったな。俺が居て」
「バクラが居るのは大歓迎だぜ!」
「あ、そう」
 溜め息混じりにそう言って、柵を背にしてコンクリートの床に腰を下ろした。
「式は今終わったようだが、写真撮ったり先公に挨拶したりで時間かかるだろうな」
「だろうよ」
 アテムの言葉にそう返して、黙る。彼も自分の隣に腰を下ろした。
「ずっとここで待ってたのか?」
 問いかけに、バクラはただ無言で頷き、別に暇ではなかったし、あっと言う間だったとボソボソと伝える。勿論、これまでの彼との思い出を振り返っていたなど、口が裂けても言えない。酷く冷たい北風が吹いて、バクラのプラチナの髪を靡かせる。露わになった首筋を風が切りつけて、余計に寒い。体を強張らせると、隣に座るアテムが一つくしゃみをして震えた。
「……記憶が戻ったのは嬉しいが……こういうのには参ったな」
 鼻をすすりながら笑う。彼も、三千年前の熱い日差しが降り注ぐエジプトの気候を思い出したので、今では自分と同じく寒さに弱くなっていた。少し前までは自分を異常な寒がりと笑って上着を貸していたのが嘘のようだ。
「何言ってやがる。王宮は快適だったろうが。いっつも召使に仰がせてたくせに」
「それでも暑いもんは暑いんだぜ?」
「俺様の生活と比べてもか?」
「………うーん」
 この話題はあまり宜しくなかったなと、額に指を当てて唸るアテム。バクラは別に気にしてもいなかったが、彼の反応が何となく面白かった。
 やがて、アテムが顔を上げる。
「そー言えばさ……お前は仕事とか考えてんのか?」
 思い切り話題を変えてきた。
「獏良君は大学で考古学勉強するんだろ? その間はまだ二人暮らしするとして……その後はどうするんだ?」
「……お前は?」
「相棒はじーちゃんの店継ぐ気でいるし、俺もそれでいいかなって。いざとなったら相棒はデュエル教えて金儲けできそうだし」
「……デュエルアカデミアに就職とか?」
「それもいいかも!」
 そうひとしきり笑った後、はたとバクラに向き直る。
「で? バクラは?」
 再度問われる。目を伏せ、暫く黙る彼をアテムは不思議そうに首を傾げて見つめる。
「……考える必要がない、と思ってる」
 小さな声で答えたその言葉に、アテムは訝しげに眉をひそめた。下界から、生徒達の喧騒が何処か寒々しく聞こえてくる。
「――――何で?」
 問う。解らなかった。過去の惨劇にも、自分達の闘いにも、この世界での居場所にも、不安や懺悔全て区切りをつけた筈なのに、それなのに何故バクラがまだ、こんなにも淋しそうな表情をするのか解らなかった。今度は一体、何を恐怖しているのか。自分が隣に居るこの状況でも、次々とバクラが胸に悩みを抱えていく様が耐えられなかった。自分は不甲斐ないだろうか。いや、そうではない。バクラが抱えていた闇が深すぎたのだ。
 解っている。解っているつもりだった。しかし結局は、ただの虚栄心なのだろうか。
 胸がざわつきだしたアテムに向かって、しかしバクラは微笑を浮かべながら、静かに言った。
「……俺達の時計の砂は、また落ち始めたんだよ。アテム」
 まるで全てを悟ったような、全てを受け入れたような儚い微笑を湛え、バクラはアテムの顔を見ずに言った。
 彼の言葉に、首を捻る。
「言っている意味がよく解らないが」
 訊ねる。バクラは軽く吹き出してから、
「お前……たまに城之内と同じくらい頭悪いとこあるよな」
「それは馬鹿にされたと怒るべきか? 城之内君を例に出すとこを怒るべきか?」
 思い切り渋い顔でそう返すアテムに、悪い悪いと掌をひらひらさせて笑う。そして一つ息をついてから、
「俺達が生きてた時間が、今に繋がったって事さ」
「……まだ解らない」
「仕方ねーな。じゃあストレートに言うと」
 ため息交じりにそう言いながら、バクラはアテムに向き直った。
「俺達の――特に俺の残りの寿命は、将来仕事とか考えなくてもやっていける位短いって事だよ」
 簡単に言ってのけたその台詞に、アテムは瞳を見開いた。
「なん……! いや……だが……っ」
 混乱した。慌てて思考を巡らせようとするアテムの胸中を知ってか知らずか、バクラはスラスラと思考の回答を述べ始める。
「三千年前、生きていた頃の俺の年齢。それに加えて、当時の食生活とか睡眠時間とか、ケガした時の処置法……。あの頃の人間の一般的な寿命なんて、そうそう長くはないのは解るだろう? まして、王宮で健康的に寝たり食べたりしてる奴と比べたら」
 まぁ俺様は腹が減れば盗んでたけどな、と笑うが、アテムは目を伏せて言葉の一つ一つを組み立てている。
「俺が計算したとこでは、多分あと十五年から二十年ってとこだろうよ。それなら、本職探さなくても、アルバイトだけでもなんとかやっていけるだろ? ま、お前はもっと長生きできるだろうから、仕事考えるのはいいと思うぜ?」
 そう言って、いつものように笑った。笑ってみせた。
 いや、笑わないといけないと思った。今ここで笑ってやらなかったら、アテムはきっとどうしようもなく不安になる。
 けれど、仕方ない。こればかりは仕方のない事だ。自分にとっては、まさか訪れると思わなかった“自然な死”の形なのだから、ある意味では幸せな事だと思う。
 三千年前のあの時、永久に止まったと思えた砂時計は、ゆっくりと動き出した。決まった制限時間が、刻一刻と短くなっていく。しかしこれでいいのだ。もう、亡霊でも分身でもない、バクラという一人の人間として生きている。自然な死を迎えられるなら、それでいいと思っていた。そう充実した気持ちで目を閉じた。
 瞬間、
「立て。バクラ」
 突然アテムはそう言い、勢いよく立ちあがった。
「は? 何?」
「サ店に行くぜ!」
「あぁ!?」
 ただ呆然と目をぱちくりさせるバクラに、アテムは仁王立ちで腕を組み、目で“早く立て”と促す。
「……あの、いきなり何言い出してんの? 俺様了から一緒に帰る事強制されてんだけど」
 思い切り眉を顰めてアテムを見上げるが、彼は全く意に介さず続ける。
「どうせ一時間以上かかるし、俺から相棒に連絡しておけば問題ないだろ? 向こうの用事が終わったら連絡してもらえば。結局街に出て遊び歩くんだろ」
 だったら最初から街に居ても大丈夫だろう、と言いながら携帯を取り出し、さっさと遊戯に連絡した。
「獏良君もOKだってよ」
「……あ……そう」
 こいつは一体何を考えているのだと頭の中で混乱している間に、アテムは街へ出る為の準備を整えた。携帯をポケットに仕舞いながら、再度バクラに立つよう促す。アテムの考えが解らないまま、一つ重い溜め息を吐きながら腰を上げた。

             


「美味いだろ?」
「………うむ」
 引っ張ってきた喫茶店で、奢りで注文したキャラメルシューパフェを一心に食しているバクラを眺めながら、満足そうに笑みを浮かべるアテム。ちょっとした穴場の喫茶店で、味はいいのにあまり混雑しないので気に入っている。バクラが食べているパフェは期間限定商品で、キャラメルとバニラと珈琲味のアイスクリームとクランチ、バナナ、白桃、クランベリー、ホイップクリーム、そしてたっぷりのカスタードが詰まったシュークリームが三つ乗っていて、更にとろりとしたキャラメルソースとチョコソースがかかった一品だ。因みに一つ千八百円。バクラは訳が解らないまま連れてこられたが、パフェは物凄く美味なので、自然と顔がほころんでしまう。抑えようとするがなかなか上手くいかない状態をアテムは面白そうに眺めている。
「あの、美味いのは同意するんだが、一体何故学校の屋上からここまで強引に引っ張ってきたのか説明願えますか王様?」
 あらかた食べ終わり口元をナプキンで拭いながら、少し眉を顰めて訊ねるバクラ。高くて美味い物を奢ってもらえたのは非常に嬉しいが、まだ彼の真意がさっぱり解らない。
 アテムはしばし黙ってから、
「せめて今くらいは、思い切り楽しんでおこうと思ってな」
 ふっと笑いながら、そう言った。
「………」
 少し、息を呑んだ。つまり、残された制限時間を無駄にしまいと、バクラと二人で楽しめる時間を作りたかったという事か。
「食い終わったら、バクラの家行くか」
「はぁ!?」
 逡巡するも束の間で、また突然無茶な提案をしてくるアテム。
「そろそろ向こうの挨拶巡りも終わるだろ! 一緒に街に出る約束だって言っただろうが!」
 周りの迷惑にならない程度の音量でそう捲し立てるが、アテムは余裕しゃくしゃくの体。
「まだ昼間だぜ? どうせ夜まで遊び歩くなら夕方から合流すりゃいいだろ?」
「いや、しかしな」
 後で了にふてくされるのが一番困る。明日の食事当番が了なだけに、ささやかな嫌がらせで食事に何か入れられかねない。その真意を知ってか知らずか、アテムは薄く笑みを浮かべる。
「お・れ・が、説明しておけばいいだろ? バクラは嫌がってるけど、ってさらっと言っておけば問題ない」
 そう言い終わると返事も聞かず、さっさと携帯片手に席を立ち遊戯に電話をしに行った。少し不安を抱えながらパフェの残りを食べていると、ものの三分もしない内にアテムが帰ってくる。
「はい。OKだってさ。獏良君も」
「……ははっ……そうですか」
 もう笑いしか出てこなくなった。

「来るの、結構久しぶりだな」
「まぁ、確かに」
 部屋に入って勝手にソファーに腰掛けるアテム。すっかり馴染みの光景となった今、ふと不思議な安堵を得ている自分に気付く。そう、これでいいのだ。この何気ない“自然な”日常は、三千年前には願う事すらできなかった平穏。しかも仇と命を狙い、狙われた相手と共に過ごしているこの日々は、自分には余る程幸せなのだ。“今”があればそれでいい。自分はもう過去に縛られない。だから来るか解らない未来にも、翻弄されやしない。かけがえのない時間は、“今”でしかないのだ。
「幸せ、なんだよなぁ」
 溜め息交じりにそう言いながら、隣に腰を下ろすバクラ。その言葉に、彼を横目で見つめる。部屋の温度は暑くもなく寒くもなく丁度いい。静かな室内で、二人の呼吸の音だけが耳に聞こえる。
「……そうか?」
 呟くように、アテム。
「ああ。幸せと呼んでいいと思うぜ。平和ボケしそうだけどな」
 頷き、薄く微笑む。このまま自然の流れに乗って朽ちていくのは悪くない。ただ“今”を大切に出来ればそれで――

「その悲観的な笑いは変わらないな」

 そう言い終わると同時に顔が目前に迫り、バクラの唇を塞いだ。
「最近またこんな風に笑うようになったと思ったら……いい加減にしろっての」
 軽く唇が触れたまま、瞳を伏せて囁くアテム。
「……今回のはこれまでみてーな、悲観的な考えじゃねぇぞ」
 アテムを押し返しながら、少し睨んでそう言う。少々考えすぎやしないか。自分はただ、今も少しずつ落ち続けている命の砂時計に安息を感じているだけなのだ。普通の人間ならば病的だと言うかもしれないが、この三千年間半死半生のような状態でいた自分にとっては幸福な事だ。勿論何か事故にでも逢えば話は別なのだが、それはそれでいい。現代に生きて、現代の流れの中で死ぬ。自分が持つ“死”の理想とはそれなのだ。悲観的に己の運命を呪っている訳じゃない。そう見えると言うなら考えすぎだ。事実は違う。
 しかしアテムは静かにバクラを見据えながら、また口を開く。
「やっと過去の柵から解放されて生きていこうとしてる時に、死ぬ事なんか考えてるんじゃねぇよ」
 哀しげに、そう言った。
「――――」
 バクラは、黙る。
 黙って、顔を伏せた。
 おせっかいだと解っていても、それでもアテムに心配をかけるのはもう嫌だ。だから先刻、自分の将来について話した時も、自分はあえて明るく考えを話したのだから。
 ふっ、と頬に添えられた掌から、温もりを感じた。そのまま顔を上げさせられて、深い彼の瞳と目が合って、また唇が触れる。今度は深く、全てを溶かし尽くすように甘いキス。
「――はぁっ」
 やっと唇が離れると、彼はそのまま首筋に顔を寄せる。吐息が耳に触れて、軽く体が震えた。
「ちょっ……アテム」
「しようか」
 耳元で吐息と共に囁かれて、そのままソファーに押し倒される。
 瞬間的に緊張する体。一瞬にして変わった視点から映るのはよく見知った天井と、ゾッとする程不敵な笑みを浮かべた、アテムの顔。息が詰まるのを感じながら、それでも彼を受け入れたいと思う自分がいるのを、バクラはとうに理解している。けれどもそれを、アテムには悟られたくない。本人はもう、とっくに気づいているのだろうが。
「待て! いくら何でも今から始めたら時間が……」
「頑張れば十五分で終わらせられる。だから、頑張る」
 いや別にそんなん頑張らなくていいからと心内で抗議するが、アテムは御意見無用な笑みを浮かべたまま、するりとバクラのシャツの中に手を滑り込ませる。
「あっ……」
 胸の突起を指先で転がされ、疼きのような快感で体が震え上がり、軽い目眩いを感じた。彼はシャツのボタンに手をかけ、バクラの白い肌を露わにする。
「……ん……っ……あ」
 片手で胸の突起を愛撫し、首筋に舌を這わせながら、もう一方の手で器用にバクラのズボンを下着ごと下ろす。成る程。本当にさっさと始めてさっさと終わらせるつもりらしい。
「やっ! アテム……っ」
「―――――」
 彼は無言のまま、バクラのソレを手に包み、上下に激しく動かして刺激する。
 震えて仰け反る体に、思わず上がる甘い嬌声。静かな室内で、その声はよく響いてアテムの鼓膜を満たした。
 限りなく膨れあがるは、独占欲。
 何者にも邪魔させない、渡さない、執着心。
「あっ……ああぁ! んっ……ア……テ……」
 すっかり頬を紅潮させ、自分の与える快感に喘ぐバクラを、アテムは至極美しいと感じた。そんな状態を見ていれば、おのずと独占欲は膨らみを増す。
 次第にバクラのソレからは、粘性のある透明な液体がトロトロと流れ出てくる。その液体を指先ですくい取り、彼の秘部に塗り込むと、いっそう激しく身もだえした。
 そろそろ良いか。
「バクラ……いいな」
「……っ……」
 霞む視界の中で微笑むアテム。一応囁かれるその言葉は答えなど待ってやいないと、これまでの経験から解っている。けれど何故だかその瞬間は、素直に小さく、こくんと頷いた。
 アテムはそんな反応を意外そうに少し目を見開いて驚いたが、すぐに愛しむような柔和な笑みを浮かべて、自身をバクラの入り口に押し当てる。
「ああああ!」
 一拍おいて、自分の中に侵入してくる彼の感触。
 それまでの愛撫とは明らかに違う激しい快楽に、いっそう高く大きく上がる甘い叫び。
 直後に激しく律動を始めるアテム。奥を強く突かれる度に体は跳ねる。これまで何度も何度も経験してきた事だが、全く“慣れる”という事がない甘い刺激。
 理性で恥を感じつつも、どうしても彼を求めてしまう。本心ではいつもそうだ。口では抵抗しても、体は求めている。彼を。
もっと快楽を与えて欲しい。もっと、彼が欲しい。
 アテムは、そんなバクラの本心を知っているのだろうか。いや、そんな疑問は愚問だ。自分の事なら、自分よりも彼は熟知している。
 今こうして自分を抱いているのだって、結局は――
「ああん! あっ! アテ……ムッ!」
「大丈夫……っ……もう出すぜ」
 そう荒くなった吐息と共に囁かれ、ちらりと時計に目をやってみれば、宣言した通り、まだ十分弱しか経っていなかった。大層な事だ。
「ああああーーーっ!!」
「っ!」
 一層激しく突き動かされ、バクラは達する。つられるように、アテムも彼の中に熱い精液を放った。
 
          


「――遠くばっか見てると、転ぶぞ?」
「……何?」
 一緒にシャワーを浴びながら、そうアテムに言葉をかけられる。声は浴室に反響し、まだ気だるい脳内に響く。
「一つ問題が解決したら、またすぐ別の障害を思いついて悩むんじゃ、賢くない人生じゃないか?」
「――かもな。だが、別に悲観していた訳じゃねぇよ」
 熱いシャワーで濡らした髪を掻き上げながら、横目にそう呟いてやる。全く悲観していなかったと言えば嘘になる。けれど幸せだと感じていたのも事実だ。後者の考えで割り切ろうとしていた。しかしふとした呟きには悲観の情が乗り、それがすなわち本音となって、アテムの耳に届いてしまう。彼は全て見通していたのだろう。
 解っている。けれど、簡単に認めたくない。認めたら、その考えはこれまでより一層重くバクラにのし掛かってくるに違いないのだから。
 アテムは湯船に浸かりながら天井を仰ぎ、ふー、と一つ息を吐いてから、
「…………三千年前の寿命なら、確かにそうだったかもしれないけどさ、今は違うんじゃないか?」
 ぽつりと、そう言った。
「―――何が?」
 訪ねる。
「だってさ、現世で生きたここ数年、お互いにそこまで偏った食生活はしていないし、睡眠もそこそこに摂ってるし、大怪我しても放置なんて事はないし、具合が悪けりゃ薬も飲むだろ? 俺達の寿命、ここ数年で大分伸びてるんじゃないか?」
 言われてみて、確かにそうだと気付く。了が一度に大量の栄養は摂取しないにしても、三千年前に比べれば栄養バランスは問題ない。体調が悪い時は休むから療養もとれている。
「……だろ?」
「だな」
 軽く、笑いが出た。
 そうやってあっけらかんと将来を見るのも悪くないかもしれない。自分は考えすぎ。アテムは考えなさすぎ。二人の考えを足して二で割ったら丁度いいのかもしれない。
 勿論、今のアテムの理論には正確な根拠などない。三千年前に気付かぬまま持病を持っていたというケースもあり得る。
 それでも、呑気に構えていた方が気は楽だ。事故で死のうが病気で死のうが、結局は同じ事。今を楽しんだ方がいいという訳だ。
「さっさと支度して、相棒達と合流しなきゃな」
「――了に愚痴られても俺様知らねーぞ」
 そう言ったが合流してから、少し機嫌を損ねた了を宥めるのは、やはりバクラだった。

End


 何かもう無理矢理終わらせた感満載で本当に申し訳ございませんでしたあああああああ!!!!
 昧依様より「27000」番でキリリク頂きました!「もし全員無事だったら…続編」という事で、熟考した結果、卒業式話に落ち着きました。
 しかし、このリクエスト、頂いたの09年の5月なんでございますよ。あれ? 今何年の何月だコラ? 10年の3月になっちまったじゃねえかアフォォォォォォォ!!!!!
 せめて2月中に! って宣言していた癖に、日付変わってしまった orz
 本当にすみませんすみません;せっかくリクエスト頂いたのにこんなに時間かかってしまって…「甘い王バクで裏あり」というお話でしたが……これ、甘いか?
 甘くない。全然甘くない;;;そして裏もぱーっとやってぱーっと終わった;
 ごめんなさい;本当色々ごめんなさい;
 全くご期待に添えていないと思います;ので、読んでみて「ふざけんな書き直せ」と言って頂ければ書き直しますよ昧依さん。本当すみませんでした。
 リクエスト有難うございましたああああああああああああああ!!!!!(逃げダッシュ)