最初にお詫び。

本来なら、土星周辺の話もその他メメとかの話もこれまでのように小説にするつもりだったのですが、
軽く書いていた小話がたまってたまってたまって……小説に直すのがもの凄く大変な量になってしまいました;
そのため、本当に直そうとしたら何年かかるか解らない、何年たっても幽霊周辺以外の設定が表にでるか解らないという状況でした。
なので、だったらもう、「小説」ではなく「軽い小話」という事にして、ちょくちょく解説いれながら出してしまうのが一番いいのではないか、という結論にいたりました;;;;
尚、「小話」なので、普段の小説では使わないような「;」とかもたまに出てきますのでご容赦下さい。
という事で、まずは土星周辺の設定説明的な小話、いきたいと思います。




事の発端
 テンとウォーカーはキャラ設定欄にもあった通り、ジズのストーカー盟友でした。お互い一目惚れで、でもなんかライバル多いからいっそ手を組んだほうが良くね? 的な流れで。
 しかしある時、ジズに全然手出せないからと、「顔同じだからいいか」ってノリでテンがラズに手を出そうとしてしまいました。無論返り討ちです。瀕死です。手出すどころか爪の先すら触れてない状態で半殺しです。そして――



                



少し昔の話


 家にやってきた盟友は、何というか……色々な意味でボロボロだった。
 とりあえずいつものようにお茶を出して話を聞いていると、どうやら最近あまりにもジズがつれないから顔が同じなラズに手を出したらしい。
 そうしたら、ものの見事に返り討ちの半殺しにされた、という事だ。
「そりゃそうですよ。あのラズになんて命知らずな……」
「ああ……もう本当にド偉いものだった……」
 つい昨日まで頭痛は収まらないわ頭の中で誰かが絶えず自分を呪う言葉を繰り返すわ吐き気が止まらないわ眠ろうとすると金縛りに遭うわ etc etc――
 成る程。肉体的な傷もそうだが、二度と馬鹿な気を起こさないようにと精神攻撃までアフターサービスしたという事か。恐ろしや。
「全く……あっちフラフラこっちフラフラしてるからですよー。僕はジズ一筋ですからねー」
 言いながら、お茶を一口飲んだ。
 彼とは同じ相手を追いかける同盟を組んだ中だ。ライバル、という事にもなるが、それを言うと他のライバルが強すぎる。
 ジズの恋人のアッシュは、ジズに下心あって近づく者はとにかく排除するし。ラズは前述した通り。そして何より――ジズ本人が強すぎる。
 だったら、いっそ二人で手を組んだ方が効率がいいだろうと、僕達は同盟を組んだ。
 作戦会議だったり、ただの世間話だったりで、よく彼とはお茶をする。場所も様々だが、今日は僕の家になった。
「ぬけがけするのも悪いですよテンさん?」
「……そうだなウォーカー君」
 軽く睨め上げると、彼は力なく笑ってそう言った。
「まぁいいですけど……傷はもう大丈夫なんですか?」
「ああ。それは平気だ。殆ど塞がっている。怪我を負わされたのは一月前なのでな」
「……………」
 ぞっとした。つまりラズに近づいたのが一ヶ月前で、そこで返り討ちにされてから昨日までたっぷりと精神攻撃を繰り返されていたという訳か。
 素敵すぎるアフターサービスのお陰で、どうやらこの一ヶ月間見事に自分の屋敷で寝込みっぱなしだったらしい。
「――二度と手を出しちゃダメですよ?」
「当たり前だ二度と近づくものか!」
 顔を真っ青にしてそう言った。自分で撒いた種とはいえ、この羊さんが少し不憫に見えた。
「………まぁ、でも、一ヶ月経ったとはいえ、あのラズの攻撃なら結構傷深かったんじゃないですか? ちょっと診せて下さいよ」
「は?」
「ほら、そこのベッドにでも腰掛けて。これでも僕は知識豊富ですから、傷の程度くらい診れますから」
「ああ……そうだな。解った」
 僕のベッドに腰掛けて上着を脱いでもらい、塞がりかけた傷を診る。
「んー……なるほど。やっぱり深かったんですね。表面は塞がってるから問題なさそうですけど……貴方頑丈なんですね」
「まぁな。うちの種族特有か」
「人間じゃなくて羊さんですものね」
「羊ではない!」
「はいはいすみません」
「嗚呼……想い人が手に入らないというのは辛いな」
「辛いですね。でも諦めちゃダメですって。どんなに長くてもとりあえずアッシュが死んだら転機は見えます!」
「黒いな! というか、彼と私の寿命はさほど変わらないような……」
「ああ、むしろ人狼の方が長いですね」
「それでは私には無意味であろうに!!」
「はいはいすみません羊さん」
「羊ではない!!」
「はいはいはい」
 言いながら、別の傷も診ていく。彼のほどよく筋肉のついた体についた傷は数が多い。ああ、あのトランプ攻撃をモロにくらったのだろうか……
 そんな事を考えながら診察する間、妙な沈黙が流れた。だが、特に気にしない。
「……なぁウォーカー君」
「はい?」
「今まであまり意識しなかったが君もなかなか整った顔立ちをしているな」
「今更ですか? 心外ですねぇー」
「いやすまん。……うむ。綺麗だな君も」
「いえいえいえそこ、綺麗とか言われても嬉しくないですよ。顔が整ってるのは解ってますから言うならカッコイイにして下さい」
「……うーむ……」
「何で悩むんですか羊伯爵」
「だから羊ではない!! まだ言うのかこの土星紳士!!」
「土星じゃないですよ!! 大体“土星”っていうのは太陽系第6番惑星の固有名詞であって、環があるからって土星呼ばわりはおかしいです!! それを言ったら環のある星なんて土星以外にも山ほど――」
「あーもう解った地球以上のレベルの話まで繋がっていきそうだからそこでやめてくれウォーカー君」
「はいはいすみませんテンさん。――あ、ここ」
「ん?」
 殆どの傷は塞がっていたが、彼の手の届かない箇所にある切り傷はまだ乾かない肉を晒していた。自分から見えないから処置できなかったのだろう。
「まだ塞がってないのがありますね。ちょっと待ってて下さい」
 そう言って薬箱を持ってきて、彼の傷口に薬を塗っていった。
「これ、切り傷によく効くんですよ。すぐ治る筈です」
「……有り難う」
 薬を塗った箇所に、静かに息を吹きかけてから、ガーゼを当てて紙テープで固定した。これでもう大丈夫な筈だ。
 僕がそうやって処置している間、また不自然な沈黙があった。彼の背に両手を添えた状態で、少し首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「いや……大した事ではない。――――なぁウォーカー君」
「何ですか?」
 そこで、また妙な沈黙があった。僕が訝しげに眉をひそめると、彼は背を向けたまま静かに言葉を続けた。
「――私達は友達だよな?」
「……盟友、とか悪友、とかですけど、まぁ友達は友達ですね。それが?」
「友達なら――たまには傷を癒し合う事も必要だ!!」
「え? え!? 何するんですか!?」
 彼は突然振り返ると、そのまま僕をベッドに押し倒した。しっかりと星の環まで奪われて。僕ら“星の子”という種族は、環がなければ普通の人間と同じだ。あれば重力操作や気圧操作、電磁波も使える。最大の武器であり最大の弱点。嗚呼こうなると解っていたなら、能力の事を彼に教えなかったのに。
「君とて、そろそろ自分で慰めるには飽きた頃だろう? 友達ならたまにはこういうのも良いではないか」
「ふざけないで下さい!! 僕は貴方と“こういう意味”の友達になった覚えはありません!!!」
「なら、これからは“こういう意味”も付け加えようではないか」
「あんた馬鹿ですか!!!!!」
 がなる僕を無視して、星の環を近くの戸棚にしまわれた。これで引き戻す事もできない。
 この羊、馬鹿なくせに頭はいい。
「いやいや馬鹿ではないぞ」
「黙れ変態羊!!!!」
「羊ではない!!」
 言いながら、押し戻そうとした僕の両手を捻り挙げられた。鮮やかすぎる。剣術だけでなく体術までできるのか。
「いった……っ!」
「大人しくしろ。君にも良い思いはさせてやるから」
 言いながら、片手で僕の髪留めをするすると解き始めた。
 何? と疑問を持ったのはほんの数秒で、彼の次の行動に一気に血の気が引いた。
「ちょ……っと……」
 テンさんは捻り上げた僕の両手を長い髪留めで縛って、その余りをベッドヘッドに繋いで固定した。
「嘘でしょう?」
 冷たい汗が浮かぶのを感じる。
「安心しろ。至って本気だ」
「安心できる訳ねーでしょこの変態伯爵ぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
「まぁそう言うな。ちゃんと君もイかせてあげようと言っているのだから」
 くすっ、とどこか影の差したような笑みを浮かべながら、彼は僕の上に覆い被さった。


「っ……う……あっ!」
「………はぁっ……はっ」
「ひあっ! あんっ……て……テン……さ……っ」
「ウォーカーくん……イイよ……すごくイイ」
「あっ! ああぁ! やっ……いやぁテンさんもう……もう……!!」
「……っ……ははっ……やはり私達は相性がいいらしい……な……」
「やああっ! あっ! はぁんっあっ――あああああああ!!!」
 数年ぶりに他人に抱かれた体は、その強すぎる刺激に耐えられずにあっけなく果てた。
 自分の中に熱い液体が放たれた感じがした途端、僕は意識を飛ばしていた。


『――また、今度頼むよ。ウォーカー君』
 眠りの世界の向こうで誰かがそんな言葉を言いながら僕の頭を撫でたような気がした。
 夢現でそのまま眠っていたが、パタン、というドアの締まる音で一気に目が覚めて弾かれたように起き上がった。
「痛っ」
 直後、腰と腹部に痛みが走って顔を顰める。慌てて周囲を見回すと、もうテンさんはいなかった。
 自分は服こそ着ていなかったが、全部綺麗になった状態で布団を掛けられていた。
 枕元にはしっかりと畳まれた僕の服と髪留めのリボンが置いてある。その上に、ちゃっかり星の環も据えてあった。
「……………」
 目覚める前に起こった一件が頭の中を駆け巡る。
 嗚呼夢であってほしい、という願いとは裏腹に、この周囲の状態が現実なのだと僕の理性に訴えかける。
 ちらりと手首を見てみれば、まだ縛られた跡がくっきりと残っていた。
 そうか……先程の声はあの人のものか。そうか。夢の中の事じゃなかったんだ。
 いや、待て。何と言っていた?
 先程の声は何と言っていた!?

『“また、今度頼むよ”』

「は……は……は……」
 口から、酷く乾いた笑いが漏れた。視界の中に鏡なるものは無いが、きっと今自分は顔面蒼白なのだろう。

「―――――――――嘘だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 ベッドに突っ伏して、僕は先程の一件とこれからの日々を呪った。


――――――――――――――――――
 はい。
 これが発端です。
 こんな感じの関係が暫く続きました。最初はウォカはふざけんなあああ! って感じでしたが、なんかだんだんだんだん絆されていきました。テンもテンで、なんか気付いたらジズの事はすっかり諦めて、ウォカに振り向いてほしくなってました。
 でもってある時ですね、いつものように以下略な事が終わってぐだぐだしてる時に、なんかこの人と一緒なのは結構自分安らいじゃってる、と気付きました。
 だったら、もういっそ、夢物語はここで終わりにしようと考えます。
 だからウォーカーは言いました。

「――そんなに僕を好きだと言うのなら、貴方が死ぬ時、僕を殺して下さい」

 この言葉は自分にとって交際の終わりを意味するも同じでした。
 彼は、周りには年齢は覚えていないと言って誤魔化していますが、実は約81億歳です。年齢ばっちり解ってます。星の子という種族の寿命は普通の星よりも長く、これまで沢山の星々で出会った友人、恋人、みんなみんな自分より先に死んでいくのが決まりになっていました。だから恋人、あるいは伴侶が死んでしまう時、自分も連れていってくれと何度も訴えていました。
 しかし彼、彼女らは皆、自分の分まで生きてくれ、と答えて死んでいきました。置いていかれる悲しさを、もう味わいたくないのでした。
 だから、永遠に続くと錯覚してしまうような幸せはもうここで終わりにしようと、その言葉を吐いたのです。絶対に、彼も首を横に振ると思っていました。しかし、

「――解ったよ。それはとても嬉しい要望だな。それこそ永遠に一緒にいられるのだから」

 微笑んで、首を縦にふったのでした。

 こうして二人はしっかりばっちりくっつきましたラブラブです。テンウォカ成立の説明はここまで。
 次、ウォーカーの弟、いらっしゃーい!

               ↓


FLOAT

「………まさかこの星で会うなんて思いませんでしたよ」
「――確かに。貴方と以前に会ったのは、23億と48629年前でしたか」
「そうなりますね。……お久しぶり。フロウト」
「お久しぶり。ウォーカー」
「何故地球に?」
「太陽系の惑星を巡っていただけです。貴方には特に関係のない事でしょう」
「それは確かにそうですが、驚きましたよ。貴方はあれ以来も、ずっと宇宙の星を巡って漂っていたんですね。もう宇宙の外の“無”まで行きましたか?」
「たったの20億年程度でそこまで行ける筈がありません。そのくらい、貴方なら解ると思いますが」
「ふふ。聞いてみただけです」
「……驚いたのはこちらも同じです。“星の子”でありながら、瞬きするほど短い生き物の生に執着していた貴方の事ですから、てっきり、もう自殺でもした後だろうと思っていましたよ」
「………まだまだ、見たい世界があるもので」
「……そういう変わり者なところは、何億年経っても変わりそうにないですね」
「だと思いますよ。……暫く地球に滞在するんですか?」
「そのつもりです。この星をあらかた観察したら、また次に行きますが」
「そうですか」
「では失礼します」
「はい。また会いましょう。僕の兄弟」


―――――――――――――――――――
 名前「フロウト‐FLOAT‐」です。
 ウォーカーの双子星の弟です。同じ星雲から、星の子には大変珍しい、それこそ奇蹟的に双子として生まれました。
 ずっと兄弟仲良く、一緒に宇宙の闇を旅していました。兄弟愛の延長ですが、同じ寿命を生きられるのは互いだけですし、知識を得たら色々ためすのも互いだったので、ファーストキスとかそれ以上もやっちゃってますあくまで兄弟愛の延長でしたがw;;;;

「僕らはずっと一緒に旅しよう」

 これが、この兄弟の約束でした。
 そしてそしてある時、まぁ今から23億と48629年前、ずっと二人一緒だったのですが、フロウトの方から、繋いでいた手を振り払い、別別に旅をしはじめました。
「君みたいな変わり者には付き合ってられないよ」
 と、ウォーカーの前から去っていってしまいました。その理由はこれから出てきます。
 そんな感じで、地球で偶然再会したら、あれれ? フロウトも昔はウォーカーのように明るい性格でしたが、めっちゃ淡白です。一人称も「僕」から「私」になっています。しかも無表情。
 ウォーカーと別れて旅をするうちに、いつしか彼は、感情の殆どを欠落させてしまいました。理由はこの後出てきます。同じ顔なのにギャップありすぎる双子になって、地球で再開しました。
 そんでもって、ある時事件がおきてしまいました。

                ↓



フロウォカ

「瞬きする程短い生物の寿命が尽きる時、自分を殺すよう約束したと?」
「はい。それが僕の望みですから」
「――理解できない。君と別れた23億年前は、ここまで理解できない思考は持っていなかった。一体貴方の精神構造はこの23億年の間にどうなってしまったのですか」
「フロウト、君には解らないだろうけど、これは僕にとって何より幸せな望みです。それに、きっと“あの人”も。僕からすれば、貴方も昔と随分変わりましたね」
「私に“変化”というものは無いと思いますが……。そうか。君はあの伯爵を愛し、愛された事でここまで変わったのですか。ウォーカー、君はどうやって彼をここまで魅了したのですか。互いが死ぬ瞬間を幸福と思えるほどの狂った愛に溺れるまでに」
「……さあ? 勝手に言いよってきたのはむこうですからね。運命とは面白いものだと実感しましたよ」
「―――君とは昔寝た事もあったけれど、今は大分違うのかもしれない。その身がどれほど彼を惹きつけたのか興味がある。そうしている状態がどうしようもなく魅力的だったから彼は君に魅せられたのかも……」
「何て事言い出すんですか」
「客観的な見解です。そう……一度試してみましょうか。今の君が共に死ぬと覚悟できる程の魅力をもっているか。その反応や言動に興味が湧きました。暴かせて頂きます」
「……フロウト? 何を―――っ!?」

―――――――――――――――――――

 という事で、もう恋人のいる兄を押し倒してしまいました。
 情なんかありません。ただ、自分に理解できないものがあったから、調べてみただけです。
 自分に感情なんかもう無いと本人解ってますから、別に躊躇も容赦もあるわけなし。
 でも、犯されたウォーカーはただ泣きながら、フロウトに屈しないよう歯を食いしばっていました。そして事が終わった時ウォーカーが小さく呟いたのは、テンの名前でした。その様に、胸にノイズのようなものがおきました。痛みに似ています。感情をなくした自分には、理解できないノイズでした。胸に手をあててほんの少し眉をよせました。普段無表情の彼ですが、自分の頭脳をもってしても理解できない事にぶつかると、さすがにほんの少し表情が変わったようです。そんな弟を見て、ウォーカーは言います。

「……胸が……痛むんですか?」
「ええ。原因が理解できません。小さなノイズですが、痛みを発する」
「フロウト――それは、貴方の“感情”ですよ」

 その時は、んなまさか、と思っていました。
 とりあえずウォーカーは帰ってから、そんなボロボロの状態だったけど、テンに弟に犯されたとは言いませんでした。大事な兄弟です。今回のは酷いけど、他言したくなかったんです。傷付いた心は、テンに優しくされて、少しずつ癒えていきました。
 さて、一方弟の方はどうなったかな?

                ↓





ふたごぼし

 数十億年振りに彼を押し倒した時、胸中に発生した原因不明のノイズは、今も絶えない。
 長い年月を経て、今の彼は昔と比べてどう変わったのか興味があっただけだった。それ以上の理由があって、彼を犯したのではない。
 この、痛覚に酷似しているノイズを、彼は“感情”だと言った。今の自分にまだ“感情”があるとは思えない。
 長い年を生きていく中で、“感情”は他者も己も惑わせ、苦しめるだけの不要なものだと学んだ。生きていく中で不必要だと切り捨てた。
 最初からそうだった訳ではない。まだ幼い頃は自分も彼と同じように笑って泣いて過ごしていたと思う。しかし今の己の脳は、ただ情報を自らが蓄積してきた知識とコンタクトさせながらプログラミングし、解析して処理していくだけの状態にあると考えていた。
 それでも、自分の中にはまだ“感情”があるのだと彼は言った。
 “胸が痛い”という表現があるのは知っている。しかしそれは過剰なストレスや心理不安によって臓器の活動に何らかの支障がでて生じる痛みであると考えていた。
 しかし、と思う。今自分の身に起きている“痛み”は、臓器からきているものではない。筋肉組織でも、骨から生じているのでもない。解析できない。
 何故?
 疑問が浮かぶ。
 あの日、乱れた姿で涙を流しながら伯爵を愛しているのだと言われた瞬間、ノイズは勢いを増した。
 何故?
 あの夜から数日後、彼が伯爵と共に笑顔で歩いているのを見かけた時、また痛覚のようなノイズと共に、何か熱く渦巻くものが胸中に発生した。
 何故?
 そして自分の視線に気づいて目が合った彼は、途端に酷く怯えた色をその顔に浮かべ、直後、とても痛々しい微笑を自分に向けてから、すぐに隣で歩く伯爵に向き直った。
 体中を、ノイズと熱がかき乱した。
 ――何故?

 そう、あの伯爵が、あと数百年経ったら、彼を殺すのだ。
 いや、もしかしたらあと数十年かもしれない。今の伯爵が何歳なのか知らない。あの種の寿命は恐らく二、三百年程度だろう。
 もう目と鼻の先かもしれない。百年など、何て短い単位だろうと思う。
 もうすぐ、あの伯爵は彼を殺してしまう。
 殺してしまう。
 自分のたった一人の兄弟を殺してしまう。
 星の子でありながら、ひどい変わり者。辛い思いをして泣くと解っていながら、人を愛する事をやめない。世界の変化を観る事をやめない。
 変わり者の兄。
 そんな彼は、もうすぐ殺される。

 頬を、温かいものが流れた。

 涙?

 今は目が乾燥していた訳でも、異物が入った訳でもない。
 何故今、涙が流れた?
 乾燥を防ぐ、または異物を流しだす以外の理由で、涙は“感情”に伴って流れてくる事を知っている。
 何故、今自分に?
 自分に“感情”など、ある筈がないのに――
 止まらない。静かに流れ続ける涙は、彼の事を想うと勢いを増す。
 自分達にも、寿命は存在する。けれども、それは眩暈を起こす程先の話。ずっとずっと先の話で、想像もつかないけれど、一つの約束があった。
 記憶の中にある、一番最初の約束。彼との約束。

『フロウト、僕達はずっと一緒に旅しようね』

 ――――ああ。
 そう言い出したくせに、今は君がそれを破棄しようとしているではないですか。
 胸元の服を、ぎゅっと握りしめる。
 どうしてくれるのですか。
 貴方のせいで気付いてしまったではないですか。
 “感情”をなくしたと思っていたのは、自分の、ただの勘違いだったと。
 私は君のように、愛する人を失った絶望からまた顔をあげる事に耐えられなかった。
 美しい世界が滅びるのを見届けてから、また次の世界を見ようと足を踏み出す事ができなかった。
 君と比べて、私は弱すぎたのです。
 強く手をひいて先を歩くのは、いつも君だった。
 私は怖かったから、自らその手を振りほどいた。そして、もう傷つかないように、“感情”を消そうと防衛しただけだったのだ。
 本当はただ、世界の変化に、その恐怖に、耐えられなかっただけで。
 本当は、ずっと、本心ではずっと、君と共に居たかった。
 けれど、貴方はもうすぐ死ぬと言うのですか。
 同じ時を生きてきた兄弟なのに。
 今度こそ、私は一人ぼっちではないですか、兄さん。
 共に生まれた、双子星なのに。
 もう、こちらから手を振り払いはしないから。
 君も離してしまった手を、今度は私から握らせてくれませんか?

 涙は止まらない。
 気付いて、しまった。
 もう後戻りはできない。
 それでも、この“感情”を、今改めて己の魂に刻みましょう。


 ――――私はずっと、貴方を、愛していたんです。


――――――――――――――――――――
 つきうさぎ!!!!! という事で、これがモロモロの理由でした。フロのテーマソングはつきうさぎです。この子は絶対茶色のロップイヤーです。
 という事で、本当は感情があった。まだ一緒に旅をしていた頃から、ウォーカーの事を兄としてでなく、一人のウォーカーとして愛していたと、気づきました。フロにとってこれまでの人生で最も後悔した場面は自分から手を振り払った事です。あの時そうしなければ、彼が別の人にとられて殺される事もなかったのに、と。
 とりあえず、フロウトの内面はこんな感じです。
 そして、

             ↓


これからはせめて先に立って

 優しい兄は、かつて自分を犯した事を許してくれた。
 傷ついただろう、嫌悪しただろうと聞くと、彼は苦笑しながら答えた。

「僕は、大丈夫ですよ。テンさんが居てくれたから」

 そうですか、としか、言えなかった。
 それ以上の言葉を、自分の気持ちを言葉になど、出来る筈がない。
 きっと言わない方が幸せなのだろう。言ったところでどうなるというのだ。
 ウォーカーはあの伯爵を誰よりも何よりも愛している。だから自らの命を捧げた。
 この世の誰よりも、自分は長くウォーカーの事を知っている。
 優しくて、泣き虫で、傷つきやすくて、寂しがり屋で、強い、変わり者の星。
 愛しい人。
 そんな彼を困らせたくはない。
「温厚で寛大な兄ですからね。仕方のない弟ですねぇ」
「たったの0.000000000000000000000001秒差の兄のくせに」
「だから、それでも0ではないと以前にも言ったでしょう?」
 そう、彼は笑った。
 仕方のない兄だ。本当に。
 愛しい。
 愛しくて仕方ない。自分の気持ちを知ってほしい。それは彼を困らせる。けれどそれでも――せめて彼が死んでしまう前に伝えたい。
 ウォーカーの笑顔を見る度に、つい先程区切りをつけた筈の想いがまた渦巻いてしまう。
「そうだ……今日はこれからお茶会なんですよ。MZDとメメ君と、テンさんも居るんですけど、貴方も来ますか? そう言えばまだ、ちゃんと紹介していなかったですね」
 ――ああ、駄目だ。
 まだ言えない。
「………そうですか……まぁ、予定もないですし、構いませんよ」
 伝えたい。最後まで伝えられないかもしれない。
 でも、それでも――
 例え一生届かなくても、変わらずに、
 愛していても いいですか?
「良かった。では一緒に……あぁ!! 約束の時間あと10分じゃないですか!!!」
「………遠いのですか?」
「飛べば、何とか間に合いそうです」
「全く……本当に仕方のない人ですね。なら、早く行きましょう」
「! ………フロウト……貴方……最近何かあったのですか?」
「? 何が?」
「いえ、だって……」
 彼は、幸せそうに微笑みながら言った。

「フロウトが笑っているの、とても久しぶりだから」

「――!」
 嗚呼、本当だ。
 いつの間にか、自分は薄く、薄く笑んでいた。きっとウォーカーでなかったら見落としていただろう。
 全く気付かない内に、自分は微笑んでいたのだ。
 諦めと、切なさと、愛しさと、悲しさと――
 それらがグチャグチャに混ざり合って生じた、薄い笑み。
「……何だか嬉しい。まるで昔みたいです。ほら、やっぱり貴方にはちゃんと“感情”があるではないですか」
「――ええ。そのようです」
 いっそ、泣いてしまいたい。
 私が感情を取り戻したのは貴方のお陰。なのに、もう少ししたら、貴方は死んでしまうのですか。
 双子星なのに、先に死んでしまうのですか。

 逝かないで。

「―――時間、まずいのでは?」
「あああ! そうでした!!!」
「早く行かないと、まずMZDが怒ると色々と面倒ですよ」
「そうですね」
「行きましょう。ほら」
 私はウォーカーの手を握った。そして前を進んだ。彼は一瞬きょとんとしたが、すぐに昔を懐かしむように笑った。
 かつて、こちらから振り払い、結果君も離してしまった手。
 もう、振り払わないから、今度は私が握ります。
 いつか彼が殺される時、自分はそれを邪魔するかもしれない。邪魔して、彼に今度こそ拒絶されるかもしれない。
 あるいは、後を追うかもしれない。最後に自分の気持ちを伝えて繋ぎ止めようとするかもしれない。まだ、どうなるのかは解らない。
 解らないけれど、決して逃げ出したりはしない。
 せめて、せめてこれからは、君に笑っていてほしいから、

 これからは私が、先に立って、君の手を引きます。

 愛していますよ――


―――――――――――――――――――
 こんな感じで、和解しました。
 個人的に、紫雲は土星周辺の中でフロウトが一番好きですw;
 淡白ながら、少しずつ、感情が戻っています。
 
 次のページから、伯爵家がらみの説明です。