鏡の約束
それはただ、その日の天候がとてもよかったので、何気なく散歩に出かけただけだった。
鳥の囀りが響く木漏れ日の中、ジズはゆっくりと歩を進める。今日の森の中は暑くもなく寒くもなく丁度いい。暖かな空気の中を涼しい風が通り過ぎ、柔らかな光は草を照らして緑の絨毯を輝かせる。木も草も、鳥も虫も、あらゆる生命が息づいているのを感じ、自然と笑みを漏らした。
天気のいい日には散歩に出かける。それはジズの日常だった。ルートは屋敷を囲む森を小川沿いに歩き、広場や街並みを見て戻ってくるのがいつものパターンだったが、今日は何となく別の道を進んでみたくなった。そう思いいたった事に、大して理由は無かった。
この森は深い。まだ一番奥まで行った事は無かったし、今日は深くまで行ってみよう。道に迷うかもしれないが、そうなったら幽体化して空まで浮き上がればいいだけの話だ。今日は特に予定は何も無い。時間はたっぷりあるのだから、この際足が疲れるまで歩いてみよう。
そう思って歩き始めて数十分すると、周りの木々は密度を増し、木漏れ日はどんどん翳っていった。どうやら奥の方には日の光が届きにくいらしい。この森の深さに半ば感心しながら歩くジズの足が、ある一本の木を目にした瞬間、止まった。
「――!」
一本の、太く立派な樹木。
そのたくましい枝に座る、白い影。
白い紳士服に、風にそよぐ青い羽根飾り。その奥で靡く長い金髪。
枝の上で足を組み、木に背中を預けているので丁度こちらから顔は見えないが、それが誰なのかを、ジズは誰より知っている。
「――――如何しているのですか? ラズ」
上を見上げて静かに訊ねるジズに、彼は顔を背けたまま、
「……別ニ何モ。タダ、風ノ音ヲ聞イテイタダケダ」
ジズと全く同じ声で答えて、そのまま沈黙した。そんなラズを見上げたまま、ジズは何となくそのまま佇む。かつて、あれ程敵視し恐れていた自分の分身を、今は静かに見詰めていた。
風が、葉を擦れさせる。
「…………何故、ワザワザ声ヲカケタ? 何モ言ワズニ通リ過ギルナリ引キ返スナリスレバ良イモノヲ……」
「もう、私が貴方から逃げる理由はありませんから」
しばしの後に口を開いたラズに、ジズは少し微笑んで言葉を紡ぐ。
「……ソウダッタナ」
相変わらず顔を背けたままの彼を、どこか憂いを帯びた目で見上げる。何故だか理由は解らないが、こちらに背を向けたままの彼が酷く儚く見えた。その内側に、抱えきれない程の寂しさを湛えているようで、自然と胸の奥が詰まっていくのを感じる。
薄暗い森の中で、木々のざわめきと僅かな鳥の囀りだけが、二人の鼓膜を振動させた。
「――貴方はこれから、何をして過ごしていくつもりなのですか?」
沈黙を破って発せられたジズの言葉。
つい先日までは、こちらから声をかける事はおろか、姿も声も聞きたくないとさえ思っていた相手に、今は一方的に話しかけている自分が少し可笑しかった。その原因は恐らく、分裂したあの時に感じた妙な空虚さ。本当に彼がただの負の感情の凝縮体ならば、感じる事はないであろう空虚さだった。
何かが違う気がしたのだ。
自分は彼の根底にある物を、勘違いしている気が。
「…………“何ヲシテ”?」
ジズの言葉をゆっくりと復唱して、ラズは背を向けたまま天を仰いだ。
「私ニデキル事ナド、モウ殆ド残サレテイナイサ。成ス事ナド何モ無イ」
ざあ、
と風が木々を鳴らしながら、彼の金髪とジズの黒髪を靡かせる。
「私ハタダ、コレカラオ前ガイツカ昇天スルソノ日マデ、己ニ残サレタ僅カナ存在意義ニ縋ルシカナイノダヨ」
――残された存在意義?
ジズはその漆黒の痩驅で彼を仰いだまま、訝しげに眉を顰めた。
「……何ですか? ソレは――」
問う。
胸に広がる奇妙な不安が、その問いを口にする事を拒んだが、それでも口にせずにはいられなかった。
その問いの答えにこそ、自分が彼に対して感じた違和感の正体があるのだろうと思ったのだから。
「――――私ノ、存在意義トイウノハ……」
静かに言葉を紡ぎながら、ラズはやっと、振り向いた。
「……っ!」
瞬間、ジズは瞳を見開いて彼を見上げた。
ラズは、これまでの相手の全てを支配するような絶対的な瞳と不敵な笑みからは想像できない程、自嘲めいた、あまりにも悲痛な笑みを湛えていたのだ。
彼のそんな表情は、初めて見る。
「元来ハ以前言ッタ通リ、私ハ誰ヨリモ君ヲ愛シ、誰ヨリモオ前ニ愛サレル事。ツマリ、オ前トイウ“己”ヲ愛シ、“己”ヲ護ル事ダッタ」
元々、彼という存在はジズが自己破壊寸前で造りだした、負の感情の凝縮体。他人を愛して裏切られるという苦しみを二度と味わうまいとして自己愛に執着した結果の分身。対極にして同一の存在。自分自身。
そんな彼の存在意義をそうと定めたのは、他ならぬジズ。彼を造り出した事も、存在意義を定めた事も全くの無意識だったにせよ、その事実は変わらない。しかし――
「……ケレドソノ元来ノ存在意義ハ……アノ人狼ニ奪ワレタ。オ前ハ己ヨリモ彼ヲ愛シテシマッタ。……ダカラ私ノ……元来ノ存在意義ハ失ワレタ」
自分の存在意義を定めたジズ自身が、それを失くしてしまった。
それは、ジズによって彼という存在を否定された事に等しい。
だから足掻いた。完全にジズをあの人狼に取られまいと。自分が“自分”にできる精一杯を尽くした。
しかしジズはあの人狼の手に完全に委ねられ、更に自らを分裂させ、自身の中から完全に引き離してしまった。
今の己は、ただの無様な、役目を追われた人形。
「――ダカラ私ハ、残サレタ僅カナ存在意義ニ縋リ続ケル。ドンナニ無様デモ、モウソレシカ無イノダカラ……」
「ラズ……ソレは一体何なのですか?」
訪ねるジズ。
胸の内に、かつて無い程の不安が湧き上がる。
自分には、存在意義を定められ、それを奪われた彼の気持ちは解らない。それがどれ程辛く悲しいのかは理解できない。だから想像するしかできないが、それはきっと、自分で創っておきながら、自分で壊してしまった人形の気持ちに似ている気がした。
しかし、彼を人形に例える事に酷く違和と億劫を感じる。そうではないのだ。人形などではない。それはきっと――
母親に捨てられた、感情。
彼は自分だが、自分には解らない事ばかり抱えている。安易だったかもしれないと悔いても、もう自分と彼は分裂してしまった。そして彼の存在意義をも否定してしまった。今、ラズはどれ程の苦しみを抱えて、ここに存在していると言うのだろう。
「アア……ソレハ――――」
風が吹き、木々のざわめきがジズの不安を煽った。生唾を飲み込み、白い自分を青と赤の瞳で見つめる。これまでとは明らかに違う。
そうなのだ。どんなに畏怖しても、どんなに恨んでも、どんなに憐れんでも彼は――
自分、なのだ。
彼は言った。その寂しげな瞳で、悲しげな微笑で、ジズの問いに。
「他ノ誰ヨリ貴方ヲ愛シ、アラユル敵カラ貴方ヲ護リヌク。貴方ダケヲ常ニ一番ニ愛シ続ケル事、ソレダケガ……今ノ私ニ残サレタ、唯一ノ存在意義」
風が踊り、木の葉が踊る。ジズの黒い服と赤い羽を、ラズの白い服と青い羽を靡かせながら通り過ぎていく、やけに冷たい森の風。薄暗い木々の中で、鳥の囀りも静まった。
ジズはただ瞳を見開き、胸の内に一気に湧き出した焦燥に駆られた。
待って。それは何かがオカシイ――
「貴方ノ幸セダケヲ維持シテイク事シカ、今ノ私ニハ許サレテイナイ」
貴方は、私なのに――
「ダカラ私ハ、貴方ヲ護リヌイテミセル。人狼ト霊ノ間ニハ決定的ナ違イガ幾ツモアル。彼デハデキナイ事モ多イダロウ。ダカラ、必ズ私ガ成シ遂ゲテミセヨウ」
“同じ”ならば、“平等”でなくてはいけないのに――
「貴方ニトッテ目障リニナラナイ範囲デ、キット私ハ」
「なら――“貴方の”幸せは!?」
叫んでいた。
ラズは瞳を見開き、切迫の表情を浮かべるジズを見つめる。
「――“私”ノ?」
数秒後、彼は言葉の意味を理解できないかのように、ポツリと繰り返した。ジズはいつの間にか硬く握りしめていた拳を、そっと解く。
「何故……貴方は自分の幸せを得ようと思わないのですか!? 不平等すぎる! 貴方と私は同一なのでしょう!? だったら――」
「イイエ、“主”」
言葉の続きを遮るように静かに言い放ち、ラズはそっと、座っていた枝からふわりと浮きあがった。
「私ト貴方ハ“同一”デハアッテモ“平等”デハナイ。貴方ハ根源、私ハコピー。貴方ガ光ナラ私ハ陰」
ゆっくりと地面に足を下ろし、改めて真正面からジズを見据え、言葉を紡ぐ。
「貴方ガ幸セデ居続ケルタメダケニ存在スル、“自己”ヤ“心”ヲ持タナイ、タダノ人形デシカナイ」
「そんな馬鹿な! 心が無い訳ないでしょう!? だったら、今まで貴方が思案してきた気持ちは何ですか!? 人形なんかじゃない!!」
「イイエ、“ジズ様”。ソレハタダノ プログラム ニスギマセン。役目ヲ失ッタラ崩壊シテシマウカラ、ソウナラナイヨウニトノ反射システム
ナノデショウ。貴方ガ組ミ込ンダ……」
あまりの言葉に、ジズは顔を青ざめさせた。心を持たない操り人形だと、ラズは自分の事をそう言ってのける。
負の感情の凝縮体。自分の片割れ。それを造り出したのは紛れもなく自分なのだ。それは無意識だったにせよ、結果論として受け入れている。ジズがこの年月を自我崩壊せずにいられたのは、彼という存在を造り出したからだ。解っている。そうしなければ、自分はとっくに自らの罪によって押し潰されていたに違いない。痛みと苦しみと、憎悪と悲嘆と――それら全てを身代りになって背負ってくれた、彼が居たから……
………え?
そう脳内で巡らせた時、何かが胸を引っ掻いた。
「ダカラ、私ニ幸セナド必要ナイ。コレマデ通リ、私ハタダ貴方ヲ――」
「違う」
断定的に、言い放った。
その言葉に、ラズは軽く目を見開く。
ざぁっと、風が木々を騒がせた。ジズは今の一言を最後に、唇を噛んで俯いている。翳った森の中に、静寂が降りた。
「――何ガ、違ウト仰ルノデスカ?」
沈黙を破って無表情に訊ねるが、上げたジズの顔を見て今度こそ大きく瞳を見開いた。
ジズは、仮面に隠れていない碧い左目に、今にも零れそうなほど一杯に涙を湛えていた。
恐らく、仮面の内側の右目も同様なのだろう。彼はそれでも懸命に涙を堪えているように歯を喰いしばり、半ば睨むようにラズを見つめた。
「ジ……ズ……」
「っ!!」
瞬間、ジズは大きく地を蹴ってラズの両肩に掴みかかり、驚愕の表情を浮かべる彼と間近で目を合わせる。
「ごめ……なさい!」
とうとう堪え切れずに涙が溢れたジズが嗚咽に交じって発した言葉は、何故か謝罪の言葉。
困惑するラズ。
「――何故、貴方ガ私ニ謝ルノデスカ?」
「私は解っていなかった! 一番大切な処を見落として、ずっと貴方を誤解していた! だって……だって貴方は――!!」
叫んだ。自分達以外誰もいない森の中で、ジズは胸の内を言葉にして吐き出した。
「貴方は……確かに私が抱いた憎悪の凝縮体かもしれないけれど、それと同時に“悲痛の凝縮体”でもある!」
ラズが息を呑んだのが解った。
気が付いたのだ。やっと、ずっと胸に引っかかっていたモノに気が付いた。
「貴方は自分の存在意義のために私を繋ぎ止めようと、わざと過去のトラウマを掘り返した。でも、負の感情の凝縮体である貴方は、あの過去の惨劇の記憶を誰より恐れていたのでしょう!?」
凍りつくラズ。
彼は、憎しみ、恨み、殺意、悪意、そして悲しみや恐怖といった、全ての負の感情をその身に背負った存在だった。ならば彼という存在を生み出すきっかけになったあの過去のトラウマを思い出すという事は、自分と同様か、あるいはそれ以上の苦しみを受ける自傷行為だった筈だ。本当に、自らの首を閉める行為に等しかったに違いない。
――『その罪を犯した私の狂気や悪意の具現化である貴方ならば、もう今の私には切り離す事は簡単なのですよ』
自分があの日彼に向けて放った言葉は、何て残酷だったろう。
「身を切るように辛かった筈。そんな恐ろしい行為をしてまで私を繋ぎ止めたかったのに、そんな衝動に、私を――半身を失うかもしれないという恐怖に駆られ、自分にとって最も恐ろしい記憶を掘り返す程の衝動が、本当にただのプログラムだと言い切るのですか!? もしかしたら貴方が自我破壊を起こしかねなかった行為に踏みこむ程の衝動を、プログラムだと仰るのですか!? 本当に“心”が無いと言い切るのですか!?」
「ヤメテェ!!」
悲鳴にも似た叫びを上げるや、ラズはジズを突き飛ばし、そのまま後ろに二、三歩よろけてから崩れ込んだ。
「……ラズッ!」
彼は草の上に両手を着き、細かく震えながら瞳を見開いて、荒い呼吸を繰り返す。
それはどう見ても、胸の内に湧き出したトラウマと必死に闘っている姿だった。かつて彼によってトラウマを引き起こされた自分が、そうだったように。
「……はぁっ……はっ……っ!」
ぎり、と歯を喰いしばり地面の草を握るラズを、ジズは憐れむように瞳を細めて見つめる。
これまでのラズは、自分という片割れと身を共有していられたから、まだ余裕があった。その僅かな余裕で恐怖を押さえこみ、必死で自分に不敵な笑みという仮面を貼り付けていられた。しかし分離し、更に元来の存在意義まで奪われて完全に心のゆとりが無くなった。心の奥底から湧き上がる憎悪と、冷たく身を裂く悲嘆。それに振り回されるラズはあまりに強く、あまりに脆かった事を、今ジズは初めて目の当たりにした。
「……っ……貴方ニ……コノヨウナ醜態……晒シタクナド……」
そう呟くが、体の震えは収まらない。
脳裏で壮絶に廻り出す過去のフィルムを、殺意と怒りでもって抑え込もうとするが、どうやっても暴走を止められない。これまでは制御できていた。他人に掘り返されるどころか、自分でわざと口にする事さえできていたのに――!
恐怖を、押し殺せない。
痛みを流し出す糸口を見つけられない。
恐怖と後悔と痛みと悲しみが、激しい渦となって胸の内を掻き乱し続ける。奥歯がカチカチと音を立て、頭が割れそうな程底知れない感情の濁流が意識を呑み込む。額に玉の汗を浮かべ、崩れそうになる自我を必死で繋ぎ止める。
みっともない。あまりにも愚かだ。コントロールできない自分が憎いが、これ以上はどうする事もできない。こんなモノ、ただのプログラムだ。今まで通り制御できる筈なのに、何故それができないのか。これが、“心”だとでも言うのか!?
「そうですよ。ラズ」
胸の内を汲み取ったかのようにそう言うと同時に、ジズが崩れ込んだ自分の肩を抱いた。
「貴方は、やはり人形などではない。ちゃんと心がある、一個体の存在です」
優しく囁く彼に、ラズは胸の内から新たに湧き上がる衝動を必死で抑え込みながら反論する。
「違……私ハ……感情ノ凝縮体ダカラ……感情ニ縛ラレテイルダケデ……心ガ在ル訳デハ」
「もう、良いのですよ」
その一言で、彼はラズの自己制御を解かせた。
「私は、貴方に感謝しています。心から。――貴方が居てくれたから、これまで私は立っていられた。だから、貴方には不本意な形になってしまったけれど、幸せを手にする事ができました」
ゆっくりと語りかけながら、そっとラズの頭に頬を寄せる。先程までとは違う、温かい風が流れてきたような気がした。
「だから、貴方も貴方の幸せを見つけて下さい。例え貴方の存在意義が私を誰より愛し、護る事だったとしても、私は貴方の幸せを心から望みます。だから……」
定められた存在意義以外の在り方など、知らない。何をどうすれば良いかも解らない。ラズの胸にも、黒薔薇の刻印が刻まれている。忌まわしき契約の証、それは片割れであるラズにもあって当然だった。しかし自分に全く別の、特別な契約が結ばれた訳ではなく、ただジズと同一であるが故に結ばれた物。それはラズには見かけだけの契約であったが、同じ記憶を共有するが故に、契約を結ぶに至った辛さが身を切り裂く。
己の幸せなど、考えた事もなかった。
これまでただ自らに与えられた存在意義を、憎悪を糧にして遂げてきた。
今更それを、変えろというのか。
そもそも、幸せとは何だ?
「突然で、何をしたら良いか解らずに混乱もするでしょう。急がなくても良いのです。ゆっくりでいいから……どうか、もうこれ以上自分を追いつめるのはやめて下さい」
憐みからではなく、本心からそう言った。
ずっと誤解していたのだ。彼は怒りや憎しみや恨みだけで構成された存在ではない。自分の代りに、痛みや悲しみも背負ってくれた、もう一人の自分。彼がいたからジズは今幸せを手にできた。だから彼にも、同じように幸せになってほしい。
「――ずっと……私のために傷ついて……本当にごめんなさい。でも、それ以上に、有難うございます。ラズ」
まだ震える肩を抱いたまま、心からそう口にした。
「私は、貴方を本当に大切に想っています。かけがえのない存在だと、思っています。アッシュさんが傍に居る今こんな事を言っても薄ら寒いだけと感じるかもしれませんが、どうか我が儘を言わせてくれませんか?」
困惑の色を浮かべたまま軽く顔を上げて目を合わせるラズに、ジズは微笑んで真正面から彼を見つめ、
「これからも、ずっと私の側に居て下さい。私はもう、貴方を拒まない。もう拒絶しない。貴方は――大切な人だから」
誰よりも身近な、誰よりも思いを共感できる相手。
だから、彼の事をもっと知りたい。もっと、彼と話をしたい。
風が吹いて、二人の黒と金の髪を靡かせ、何処か遠くから鳥の囀りを運んでくる。
ジズの言葉を聞く内に、胸中の激情は徐々に冷めて静まっていった。まだ余韻が残る心拍も、だんだんと落ち着いてくる。
ゆっくりと立ち上がるラズに合わせて、自分も立った。
ラズは、顔を伏せたままハンカチで汗を拭って背を向けると、そのままジズから遠ざかるように歩を進める。この反応は予想していた。いきなりあんな言葉を並べられても、困惑するに決まっている。
「ラズ!」
呼びかけに、彼は歩みを止めた。
一呼吸置いてから、言葉を綴る。
「――今度、是非お茶をご一緒頂けませんか? 人形についてでもお話しましょう。私の家族も紹介したいですし」
背を向けたまま、話に耳を傾ける。
「ああでも、壱ノ妙には気をつけて下さいね。あの子は客人が来るととにかく飛びついてしまうもので……よくお茶をひっくり返してショートするんですよ」
困ったものです、と苦笑するジズに、
「――デハ……」
自分によく似た優雅な身のこなしで振り向き、ラズは言葉を紡ぐ。
「紅茶モ好キダガ、デキレバ珈琲モ用意シテ頂ケルト嬉シイナ。君ト対極ノ私ハ、ドウヤラ珈琲党ノヨウダカラ」
そう言って、笑った。
それはあの不敵な笑みでも、自嘲めいた笑いでもない、初めて見る自然な微笑だった。これが彼の素顔なのだろうと心内で呟き、ジズもつられて破顔する。
「壱ノ妙には、ちゃんと言いつけておきますからね。最も、いくら言っても変わらないんですが……」
「オ願イスル。折角ノ紅茶ヤ珈琲ヲ無駄ニシタクナイカラナ」
「善処します」
言ってから、二人は声を出して笑った。
そう、やはり、彼にも心があるのだ。自分にもまだ負の感情があるのと同様に、彼にも、喜びや楽しさを感じる心は確かにある。今まではそれを、無理矢理に押し込めてきただけだったのだ。
「――では、また近い内に屋敷にご招待しますよ。上等の珈琲豆を用意して」
「ソレハ楽シミダナ。オ呼ビガカカルノヲ待ツトシヨウ」
「ええ待っていて下さい。今日のような陽気の日にご招待しますから」
「……アア。デハ、マタ」
「また……」
その挨拶を最後にラズは、ふっ、と融けるように消えていった。
辺りには柔らかな静寂と、温かな大気が残る。彼が消えた方角を眺めながら、ジズは柔和に瞳を細めた。
いつか、彼にも現れたらいい。自分にアッシュという存在が居てくれたように、彼にも、自分の全てをさらけ出して、受け止めてくれる存在が――
後日、酒に物凄く強い自分と反対だったために、ラズが非常に酒に弱かったり、かつてシャルロットが住んでいた洋館の中を改築して住み着いていたり、家事をさせる為に青いメバエを作っていたりと、意外な事実を幾つも知る事になったが、それはそれで楽しくて良いと思った。
END
後半ハイピッチで書いたため、進むにつれて文章構成甘くなってますが気になさらず;;
はい。また設定話でごめんなさい;でも設定話はこれでやっと一段落。
今回のは、ジズとラズの和解話でした^^;気がついたら書き始めてから物凄い時間経ってたので慌てて仕上げたらこんな事に;
大学入ってから、日常的に小説書く機会が殆どなくなったので、書き方忘れてる気がする;何か単調すぎるし、情景描写と心理描写のバランスも悪い;どうしよ;;
頭と指が書き方思い出すまで大目に見てやって下さい;頑張ります;;