ある日のお茶会


「このビスコッティ良くできていますよアッシュさん」
「ダガ紅茶ノ温度ガ三度低イ。ソレニ私ハ珈琲派ダ。淹レ直セ」
「ギャンブラー型のケーキ作ってって言ったのにぃ!」
「あ、ちょっとアッシュ、ミルク無くなったよ」
「本当だ。おいバカ犬! さっさと持ってこい!」
「絶品ですねぇ! このカンノーリ!」

「ちょっと待てコラーー!!!!」

 堪りかねてあげられたアッシュの怒声に、ユーリ邸の長テーブルを囲んでいた六人が顔を向けた。
「今日は俺がジズをお茶に招待したのに! 何でこんなに大人数になってんスか!?」
 拳を握り締めながら叫ぶがユーリは当然の体で、
「この城の主がここに居て何が悪い?」
「そーだよ。それに僕もこの家の住人なんだから、アッシュに文句言われる筋合い無いよ! 折角ジズもメメも来てくれたんだもん! 親友達との貴重な一時を削らないでくれる?」
 スマイルも便乗してミルクティーを一口啜る。
「――解った。ユーリとスマが居るのは百億歩譲って良しとするっス。じゃ何で他の三人が来てるんスか!!?」
 抗議するが、飲んでいた紅茶入りのカップをソーサーに置きながら、
「ジズが行くって小耳に挟んだからだよ。当然でしょ?」
 何がどう当然なのか突っ込む隙を与えず、メメはそう言って一つ息を吐いた。
「私ノ半身デアル ジズ ガ来ルト言ウナラ、私モ来ナイ訳ニイクマイ。貴様如キデハ任セラレンカラナ」
 メメ以上に物言わさぬ雰囲気を漂わせながらアッシュを睨むラズ。その切れ長の赤い瞳で睨まれると、もうそれ以上は何も言えなくなる。
 そして――
「いやぁ、ジズ様やラズ様がお茶に行くと言うなら、僕も是非同行させて頂こうと思ったもので!」
 ジズとラズに良く似た青い紳士服に身を包み、黒い半仮面を着けた栗色の長髪の幽霊紳士はカラカラと笑った。
 名前はセレーノ。何でもジズと同じヴェネツィア出身で、五百年前から現世を彷徨っているらしい。ヴェネツィア最盛期に生きた為か、ジズやラズと同じ幽霊とは思えない楽天さで、未だに死んだ自覚が薄いらしい。ジズとラズを兄のように慕っているが、それが何故ここまでついて来るのだろう。
「……まぁ、いいじゃないですかアッシュさん。大人数の方が賑やかで」
 苦笑混じりにそう言うジズに、アッシュは諦めて首をうな垂れた。
 土曜の午後、ジズと二人でゆっくりお茶にしようと、折角イタリアの菓子を沢山作ってもてなそうと思っていたのに、自分を含めると人数は七人。菓子はこの人数を知ってから慌てて量産したので何とかなったが、だからOKという問題ではない。
「いやいやいや良くないっスよジズ!! だって今日はジズに色々話があって」
「何それ? 僕らがここに一緒に居るのが迷惑って言いたいの? むしろそう聞こえるし。ただジズと二人でイチャ付きたいなら僕らに悟られないように努力すれば? アッシュの気持ちも解らなくないけど、だからって僕らはジズを独り占めさせる気なんか全くないよ? 寧ろ阻止」
 言いたい事を最後まで言う前にメメの毒のあるマシンガントークで阻まれる。言っている間の目が『何か文句あんのかコラ』と訴えているのでそれ以上の抗議ができなくなり、苦い顔で軽く俯いた。少し耳が垂れた気がする。メメは見た目こそ六、七歳の子供だが、実際にはもう三百年間冥府の死者として働いているのでアッシュに比べて明らかに人生、というか世界を知っている。口論をしてもまず敵わない相手の一人だ。そして――
「ソノ通リダナ。大体私ハ貴様ヲ認メテナドイナイカラナ。勘違イスルナ。タカガ二十ソコソコシカ生キテイナイ人狼一匹ガイイ気ニナルナヨ。解ッタラ早ク珈琲持ッテコイ」
 いつか攻略できる日がくるのか……このラズというジズの片割れにはメメ以上に何も言えない。ラズのアッシュに対する頑なさは出現当時から変わっていないし、何処か、というか明らかに自分を目の敵にしている節があるので非常に苦手だった。周りの者との仲が悪いよりは友好的でありたいので、いつか和解したいとは思うのだが、その糸口がさっぱり見つからない。いつもジズと同じ顔で胸にグサッとくる言葉を吐くので、どうにもやり辛い現状だった。彼の長い金の前髪が不機嫌に揺れる。仕方ないので珈琲と、追加の茶菓子を持ってこようと席を立つアッシュに、
「ミルクを忘れるなよバカ犬」
 というユーリの一言が追いかけてきた。

「……皆さん……ちょっと、いくら何でも言いすぎではないですか?」
 アッシュが台所に向かってから苦笑混じりにそう口を開くジズに、メメはいたずらっぽい笑みを浮かべながら、
「アッシュにはこのくらいが丁度いいんだよ。ジズはみーんなに好かれてるんだから、少しは自分の責任の重さを再確認しなきゃいけないの」
 そう言ってジャンドゥーヤを一つ頬張った。
 暖かな陽気に誘われて、ついつい眠気を惹かれる午後のユーリ邸。先程自分で言った通り、賑やかなのは楽しい事ではあるが、流石にジズはアッシュが不憫に思えてきた。うっかりスマイルに今日城に行くと言ったところ、それがまたたく間にユーリに伝わりメメに伝わり、更にはラズとセレーノにまで伝わってしまうとは全く予知していなかったのだ。わざとではないにしろ、アッシュの垂れた耳を思い出すと多少罪悪感がこみ上げてくる。
「……私、アッシュさんのお手伝いしてきます」
「んな事しなくていーのにぃ」
「ジズは優しいからねぇ」
 そう言うスマイルとメメに笑みを返し、残りの三人に会釈をしてから、キッチンへと足を運んだ。

「――ちょっと苛めすぎたかな?」
 ジズがリビングを後にしてから少し不安そうに呟くスマイルに、ユーリは軽い溜め息を吐いてから首を横に振る。
「メメの言う通り、この位が丁度良いのだろう。あのバカ犬は習うより慣れろ、だ」
 言って紅茶を一口啜るが、まぁ、ユーリにはそうかもしれないけど、と口籠り、
「………ラズは、やっぱりアッシュが嫌いなの?」
 恐る恐るそう訊ねた。
 聞かれたラズは一旦目を伏せてから、
「――“好キ”デハナイナ」
「やっぱり……」
 苦笑するスマイルをよそに、ティラミスを頬張りつつセレーノが、
「れも、ラズ様この前、アッヒュはんとジズ様が一緒に歩いているの見ても攻撃しなかったはないれすか?」
「飲ミ込ンデカラ喋レ! 私ハ何処ゾノ通リ魔カ!!」
 眉間に皺を寄せてそう言い、一つ深い溜め息を吐いた。
「今トナッテハ完全ニ嫌ウ訳ニモイカナイダロウ。ジズ ハ奴ヲ好イテイルノダカラナ。奴ガ居ルカラ ジズ ガ幸セナラ、私ニハ何モ異存ハ無イ」
 言い終えてから、また溜め息をつく。
「ラズ様、溜息は幸せが逃げますよぉ?」
「ウルサイ」

「ごめんなさいアッシュさん。私もまさか、あんなに大勢集まるとは思っていなくて」
「いや……ジズは悪くないっスよ」
 泣きだしそうな笑みを浮かべながら珈琲を淹れるアッシュに、申し訳なさと微々たる可笑しさがこみ上げてくる。キッチンのカウンターに並ぶ洋菓子の甘い香りと、珈琲の優しい香りといった日常に存在するささやかな幸せを吸い込み、ジズは安らぎを感じて瞼を伏せた。穏やかで充実した気分を味わえる刹那刹那を、彼は膨大な時間を過ごしてきた今でも大切にしている。全く同じ瞬間というのは、何百年経っても決して訪れる事はないのだから。
「――そう言えば……今日は私に何かお話が有ったのですか?」
 先程アッシュが口走った言葉を思い出して何気なく訊ねると、彼はミルクピッチャーを運ぶ手を止めた。
「?」
 静かにミルクピッチャーをトレイに置くと、首を傾げるジズに向き直り、一つ深呼吸をしてから、
「……そうっスね。向こうに戻ったらまたスマとかユーリとかラズとかが邪魔しそうだし、セレーノもメメもジズの家までついて行きそうだし……今しか話す時間無さそうっスよね」
 そうぶつぶつと呟いてから、真っ直ぐにジズを真剣な目で見据える。思わずたじろぐ彼に構わず、いつになく真剣な声音で言葉を紡いだ。
「じゃ、言うっスよ?」
「は……はい」
 そこで一拍置いてから、何かを決心したように表情を硬くし――

「何でジズは俺の事を『アッシュ』って呼んでくれないんスか!?」

「………………………………………………………………………………は?」
 しばし呆けた後、ニ、三度瞬きしてから一語を発するジズ。
「は? じゃなくて! 何で俺の事いつまで経っても‘さん’付けで呼ぶんスか!? 何で呼び捨てにしてくれないんスか!??」
「え? あの、ユーリさんの事もセレーノさんの事も‘さん’付けですけど……」
「スマもメメもラズも呼び捨てにしてるじゃないっスか!!」
「スマイルとメメは私の親友で、ラズは私の半身だからですよ。自分に‘さん’付けするのは可笑しいでしょう?」
「なら、あの変態羊伯爵と変態土星紳士は何で呼び捨てにするんスか!?」
「それは私があの二人を嫌いだからですよ。‘さん’付けする敬意も起きませんから」
「じゃ何!? 凄く親しい相手と凄く嫌いな相手は呼び捨てにするけど、それ以外の奴には‘さん’付けするって事っスか!?」
「一部の例外もありますけど……まぁ、ほぼそうですね」
「じゃ俺って‘凄く親しい相手’の中に入ってないって事っスか!!!!」
 そんなのあんまりだぁ! とシンクにもたれて嘆く狼男。
 暫く唖然と眺めていたが、やがて、ふっと笑みを漏らしてカウンターの洋菓子をトレイに移す。そして、
「……このお菓子は、私が持っていきますね。アッシュ」
 さらりとそう言ってリビングへ足を向けるジズに、一瞬遅れてから、
「うわああああああああああああジズぅぅぅぅ!!! 愛してるっスーーーー!!!!」
「わ!! ちょ危ない!!! ひっくり返りますよ!! 折角のピッツェルが! ズコットがぁ!!」
「何の騒ぎだこれは!?」
「私ノ珈琲ハドウナッテル!?」
「ちょっとキッチンで何ベタベタしてんのさ見苦しい!!」
「あ! パンナコッタですね! 美味しそう!」
「ねーミルクまだぁ?」

 再び、賑やかなお茶会が始まった。


END


 はい。ぐだぐだと書き進めてしまいました。
 「ジズがアッシュの事を呼び捨てにするきっかけの話」って事で書きまして、+メメとかセレーノとか登場させたかったのです。この人達いつもこんな感じだよ〜って事を。
 特にメメの腹黒さと毒舌さを書きたかったですね。あんまり書けなかったけど;セレーノの楽天さは書けた気がします。
 とりあえずさっさと書き終えて次の話に移りたかったので、内容ばっかり進んで、「楽しめる」話にはならなかった気がします;すみません;情景描写とか心情描写がイマイチですね;全体の構造とかも…ね;
 すみません;今あまり余裕が無いので許してあげて下さい;
 次回作から、また長編に入りますvv
 今回、無理矢理青のセレーノを出したのは、赤より先のがスムーズに行く気がしたからです。つまり、次回で赤様登場させます。とうとう来ますvv
 あ、因みにイタリアのお菓子は他にも沢山調べたのですが、マニアックすぎて解らない物とかエライ長い名前のが多かったので有名どころを並べました;
 有難うございました〜!