揺れた黄昏


最後の戦いが、終わった。
そして何もかもが、平穏に戻った。
バクラとアテムの闘いも、遊戯とアテムの戦いも。

その結果、バクラもアテムも現世に留まり、それに加えて了と遊戯の体から分裂して一固体として生活するようになってしまった。
つまりは、全て和解したという事だ。

アテムは宛夢という名前で遊戯の従兄として童実野高校に転入。バクラは了と時々交代で通学している。バクラの方は嫌だと言っているが了が強制的に通学させている。

「……本当にこんなんでいいのか?」
「いいじゃないか。平和が一番」
「よく言うぜ……」
 橙の夕日が差し込む放課後の教室で、アテムとバクラはカードを片付けながらそんな会話を交わしていた。
「あんな激闘繰り広げておいて、全部平和な日常に元通りって……そんな展開でいいのかよ本当に……」
 ぼやくバクラに、アテムは少々うんざりしたように、
「仕方ないだろ。もうそうなっちまった後なんだから。それとも、お前は俺達のどちらかが本当に死んだ方が良かったって言うのか?」
「――そうじゃ……ないけど………」
 アテムの言葉に、バクラは声のトーンを落とした。
 死んだ方が良かった筈がない。むしろ、今現在の状態は何よりも幸せな筈だ。だが、自分には簡単に頷く事ができない。
 自分が三千年もの間、ずっと自分というカタチを維持してきた、存在意義。
 ゾークネクロファデスを復活させ、この世界の全てを手に入れる。そして、王に復讐する。それだけが、この途方もなく長い時間自分を保っていられた理由だった。それが、今では全て無かった事のように、あまりにも平凡な日常が自分に侵食し、塗り替えられている。正直なところ、こうなる事をあの時自分は強く願った。
全てが終わりになればいい。こんな復讐劇なんか放り出したい。そう願っていた。
だが、実際にこうなってしまうと複雑だった。あまりにもあっさりと、あの過去の世界でのラストバトルは風化していく。たまに本当にあった事だったのかと不安になる事もある。それ程までに、今の生活は平凡すぎた。
「あんまり、深く考えなくてもいいだろ。俺は今本当に幸せだし」
 そんなバクラの心情を察してか、軽く微笑みながらそう言うアテム。しかしそう言われても、バクラの心は晴れない。
「…………過去の記憶全部取り戻した癖に……よくそんな気楽でいられるな」
 ポツリと、バクラ。
 それを聞いて、アテムは何か考え込むように一旦目を伏せ、突然勢いよく立ちあがった。
「なっ何だよ!?」
「バクラ、とりあえず来い」
 有無を言わさぬ命令口調。そして遊戯と分裂した為に、その身長はバクラより少し低い程度。それが今座っている自分を見下ろすようにいつもの仁王立ちに腕組みをしている。
 お前に拒否権は無いと言わんばかりの姿勢に、バクラは大きく溜め息を吐きながら腰を上げた。こうなったらもう、こちらが従うまで一向に退かない。
 記憶取り戻したら王様気質が三割増しになりやがった……
 心内でそう呟き、バクラは渋々アテムの後ろについて教室を後にした。

 アテムに半ば強引に連れてこられたのは、この童実野高校の屋上だった。下から練習をする野球部やテニス部の歓声が聞こえる。無言で柵まで進むアテムに、バクラも続く。
「……で、何でいきなりこんなとこまで連れてきたのか理由をお聞かせ願えますか?」
 ぶっきらぼうに訊ねるバクラに、アテムは無言で前を見るよう顎で促す。
「?」
 その反応に怪訝な表情を浮かべて前を向くと、そこには眩しいばかりの夕焼けが輝いていた。
 眼下に広がる、童実野町の街並み。
 高く聳えるビル群は夕日を浴び、長い影を街に伸ばす。
「……太陽の歪み具合とか、輝きの強さとか……細かいところは違って当然だが、王宮のバルコニーから見た夕焼けと、全く違う事はない」
 静かに語るアテムの言葉に、バクラは無言で耳を傾ける。
「記憶が戻って、お前との間に起こった事を思い出して、俺は後悔していない」
 言って、バクラに向き直る。
「記憶が無かった頃、何故バクラがあんなに悩んでいたのか解った。あんな事があったのをお前だけが覚えていて、俺は何も知らずに能天気に接した。記憶の無い故の残酷さがバクラを傷つけた」
 真っ直ぐ自分を見据え、アテムは言葉を綴る。その瞳を見返すバクラのプラチナの髪を、温かな風が黄昏の空に靡かせた。
「それは本当に悪かったと思う。無神経だった。だけど、もうそれは無いよ。俺も全部思い出した。その上でこうやって接しているんだ。もう、お前だけが罪悪感に押し潰されるような事はない。そりゃ、バクラはまだ納得できない点は山ほどあるんだろ? だからさっきもあんな風に言ったんだろ? だけど、全部理解した上で、俺は今のこの状態を幸せに思ってるんだぜ」
 そこまで言って、哀しげに微笑んだ。
「お前に、俺への恨みを全部忘れてくれなんて言えない。クル・エルナ村の惨劇を直接執行したのはアクナディンでも、俺はお前に恨まれて当然の相手だ。だが、お前自身が過去からの柵から解放されたいと思っているなら、もう自分のしたいようにしていいんじゃないのか?」
 アテムの言葉に、バクラは息が詰まった。そう、自分はもう、復讐という枷から抜け出したいと思っている。しかし――

「解ってないじゃねぇか!」

 突然そう吐き散らし、その拳を硬く握った。バクラの反応にアテムは一瞬瞳を見開き、表情を強張らせる。
 顔を伏せ、唇の裏側を噛んだ。
 そう彼は、アテムはそれでいい。今のこの状態を心から幸せに思っていい。死闘の果てに今の幸せを掴めたと思えればそれ以上いい事はないだろう。
 しかし、自分は許されない。
 彼は取り戻した記憶、即ち自分の信念に正直に闘った。仲間を想う気持ち、正義を貫く意志に沿った。あの最後の闇のゲームでホルアクティの攻撃を宣言する前に、自分のために一滴の涙を流してくれた事を今でも忘れない。それは彼が、敵であっても恋人だった自分への愛情も最後まで貫いてくれた証だった。それでも攻撃を宣言せざるをえなかったのは仕方ない。そうしなければ自分だけでなく、ゲームの世界に入り込んだ仲間全員が死んでしまうのだから。
 一人の恋人、沢山の仲間。どちらを選ぶかなど悩む必要がない。
 しかし自分には、貫くべき意志はアテムに対する愛情だけだった筈だ。しかし――
「あの時――遊戯と俺がお前の王墓で決闘した事は聞いてるよな」
 下を向いたまま言うバクラの言葉に、アテムは頷く。
「あれは、お前の本当の名前を遊戯達に知らせないよう立ちはだかったまでだ。王の名は神を束ねる鍵になる。だから俺はそれを邪魔した」
「……そうだってな」
「俺は遊戯達が来るより大分前に王墓に行って待ち伏せしていた。当然……遊戯達より先に、お前の本当の名前を目にしていたんだ」
「それで?」
「まだ解らないのか!?」
 訪ねたアテムにバクラは顔を上げ、その涙で滲んだ瞳で睨んだ。
「あの時、俺がお前の名を知った瞬間にお前に教えさえすればそれで終わったんだ! 俺の分身とマスターである俺の意識は常に繋がっていた! だから……解っていたんだよ。テーブルに座っていた俺にもお前の名前が! だから俺がお前に教えさえすれば良かったんだ。そうすればあのゲームはそこで決着した……お前はあんな苦痛を味わう前に神を束ね、光の創造神を召喚する事ができたんだ」
 しかし――
 言おうとした。あの時、この場で全てを終わりにしようと。せめて最期くらい、自分の意志で決めたいと思った。三千年流れたこの魂も、彼になら葬られて構わないと、本気でそう思った。彼は自分の正義を貫き、仲間を想う気持ちに沿い、魂をさらけ出して闘った。それに応えるためには、自分もたった一つある本心を――彼を救いたいと思う気持ちを貫こうと思った。
「だけど……できなかったんだ」
 呟くようにそう言ったバクラの声は、耳を塞ぎたくなる程哀しい響きを持っていた。潤んだ瞳を閉じると同時に、涙が零れて頬を伝う。
「俺は背後から迫る闇の大神官の怨念に抗う事ができなかった! 奴に背いて、自らの意志を貫くなんてできなかったんだ! そんな俺が……今更自分のしたいようになんて……許される訳ないだろう!」
 赤い空に、バクラの叫びが響いた。自分に対する憎悪、恥辱、後悔、それら全ての感情をごちゃごちゃに混ぜ合わせたような声に、自分でも体が少し震えた。興奮したせいか、息と心拍数が上がっている。
 再び顔を伏せ、コンクリートの床を見る。これまで言えなかった事を口にして、彼は軽蔑しただろうか。静かになった屋上に、また運動場から歓声が聞こえる。
 あまりにも平凡で、あまりにも平和な世界。こんなところに、自分が身を置く事を、一体誰が許すというのだろう? あの闇のゲームでの敗者には死。その筈だったのに……
「――俺、相棒から聞いたぜ。お前との決闘の一部始終」
 これまで黙っていたアテムが、静かに口を開いた。
「何度も何度も話してもらった。だがその度に、頭の中に引っかかる事があったんだ。それが何なのかずっと考えていたけど、今ようやく気付いた」
そう言って、アテムはそっとバクラの肩に手を置き、その手を頬へ移動して顔を上げさせる。

「あの決闘、本来ならば勝ったのはお前の方だったんだろ?」

 真っ直ぐに自分を見据えて、アテムは断定的に言葉を発した。その真剣な眼差しから、バクラはもう顔を背ける事はできず、驚愕の表情を浮かべて彼を見返す。
「ずっとおかしいと思っていた。あの決闘の内容……何か引っかかると。解ったよ。あの時、“呪いの双子人形”の効果でお前の墓地が消滅し、“死札相殺”で相棒はフィールドに存在するモンスターと同じ数のカードをデッキから墓地に捨てさせられるデッキ破壊コンボが成立した。そうだよな?」
 頷くバクラ。
「そして相棒がサイレント・ソードマンとサイレント・マジシャンで壁モンスター二体に攻撃を仕掛ける直前、お前は“増殖”の魔法カードでネクロマネキンを十体増やした」
「……ああ。その通りだ」
 それを聞いたアテムは、ふっと笑みを漏らし、
「そこが気になってた。おかしいだろ?」
 瞳を見開くバクラ。アテムはそのまま、続きの言葉を話す。
「本来、“増殖”の魔法効果は『攻撃力五百以下のモンスターを無数に分裂させる』筈だ。当然、攻撃力五百のネクロマネキンはその条件を満たしている。ならば無数に分裂させる事が可能だった。なのにお前は、自ら“十体”という制限を付けた」
 そこで一息つき、真剣な面持ちでバクラを見据える。
「あのターンでネクロマネキンは本来無数に分裂し、ターン終了と共に相棒はデッキからフィールドのモンスターと同じ数のカードを墓地へ捨てなければならなかった。しかし無数に分裂したのならデッキ全てのカードを捨てさせられ、そのターンで相棒が負けた。指定されたのは“無数”なのに、デッキの枚数以上のカードは捨てられないんだからな」
 風が、木々をざわめかせる。
「だがお前が自ら増殖数に制限をつけた事で、相棒がそのターンで捨てさせられたのは十五枚。そして次のターンで相棒は破壊竜ガンドラを引き当て、お前に勝った」
 ――恐れ入ったな…………
 実際にあの決闘を見ていた訳でもないのに、他人から聞いた話だけでそれに気付くとは……。当事者の遊戯ですら気付かなかったというのに。やはり、彼の洞察力は侮れない。
 知らず、バクラの口元に微かな笑みが浮かんだ。
「あのターンで相棒のデッキを全て捨てさせなくても、次のターンでガンドラを引かなければ負けていた。だが、相棒の強さをお前は信じたんじゃないのか? 残り一ターンで戦況をひっくり返す強さを」
 バクラの髪に指を入れ、アテムは続ける。
「相棒にそれができるか否か、一種の賭けだったんだろな。完全に勝ちを譲った訳じゃないから、闇の大神官にお前の本心を気付かれずに済んだ」
 嗚呼……本当に彼は何処までも…………
「あれが、お前にできる最大で唯一の、闇の大神官に対する抗いだったんじゃないのか?」
 ――自分の全てを見透かしてしまうんだ……
 頬に、また涙が流れるのを拭おうとはしなかった。何故ここまで、彼は自分の心を理解してしまうのだろう。
 そうあの時、さりげなく魔法カードの効力に制限をつけるのが、自分が唯一できる事だった。遊戯なら、三千年の時を経てパズルを解き明かした彼なら、何があっても真実の名を見つけ出してくれると思った。その名前を自分が彼に教える事はできないのだから、彼らに知らせてもらうしかない。ゾークネクロファデスにも闇の大神官にも気付かれず、彼らの手助けをするには、あの方法しかなかった。
 それに気付いた彼は、やはり強い。
「この事は、精一杯闘った相棒には黙っとくよ。ハンデを受けてたなんて知ったら怒るだろうからな」
「……全くだ」
 そのまま、アテムの腕の中で泣いた。
 誰もいない放課後の屋上なら、泣き声などアテム以外には聞かれない。
 直接、彼に本当の名前を教えたかった。しかし背後から伝わりにじり寄る威圧に逆らう事はできず、唇の裏側を噛むしかなかった。そんな自分が唯一できたのは、余りにも些細な事だった。手助けの一つにも入らないくらいの小さな事だ。そんなもの、自分の信念を貫いた内に入りはしないと思っていた。そんな自分が今の生活を幸せに感じて、平和に身を浸す事は許されないと、そう考えていたのだ。
 しかし、彼はそんな自分を今こうして抱きしめている。
 あまりにも強く、あまりにも温かなこの両腕の中が、これまで何度も何度も、噛み締めるように確認してきた自分の居場所だった。
 三千年前の激闘の中では気付けなかった事。
 眉間に皺を寄せたくなる程の金に身を飾りたて、その首から下がる秘宝がかつて自分の同胞の命を毟り取って造られた物とも知らずに、呑気に玉座に腰を据えている王が許せなかった。目の前で同胞が散る姿を、奴にも必ず見せてやると、王宮を目にする度に憎しみが募ったものだ。
 しかし、三千年という時を経て再び巡り合ったこの時代で、ようやく彼を知った。
 王ではなく、一個人としてのアテムを知った。それが今これ以上ない程の幸せに繋がっているのだから、不思議なものだ。
 だんだんと、紅から紫苑に変わり始めた空に、嗚咽が響いた。アテムは震えるバクラの髪を撫で、無言でただ優しく抱き留める。
 暫くして、やっとその嗚咽が途切れたところで、アテムはその唇を塞いだ。
 最初は触れるだけ、徐々に唇を割り開き、舌を絡め入れる。
「んっ……」
 頬に添えられた指が、滑らかに耳まで滑り愛撫する。そこから首筋へ、もう知り尽くしたバクラの性感帯を嬲る。甘い唾液を味わい右手は首筋をなぞって刺激し、左手は腰に回しながら少しずつバクラの上体を倒していく。そうして左手を腰から背中へ、右手を膝まで伸ばしてバクラを抱き上げる。
「ちょっ! 待って、ここで!?」
「別に構わないだろ。誰にも聞かれやしないしさ……」
 でも、と食い下がるバクラを笑顔で黙らせ、そのまま床に寝かせた。顔のすぐ横に手を着き、覗き込むようにしてかつての大敵を見つめる。彼はあまりにも脆く、綺麗だった。
 白い肌には既に紅潮している頬が解りやすい。抗議したものの、今こうして大人しくしているというのは了承の意だ。
 取り戻した昔の記憶。金と権力で欲しい物は手に入ったが、ただ一つ得られなかったモノは愛しい心。家臣でも、民の尊敬の心でもなく、自分を王としてでなく一人の人間として愛しいと想ってくれる心。あの頃は、自分が通れば皆うやうやしく頭を下げるばかりで、友達も恋人もいなかった。こちらの世界で沢山の友達はできたが、それでも欲しかった恋人が、今は自分のすぐ目の前に居る。
 何よりも誰よりも、欲しかったモノが、やっと手に入った。
 再び唇を重ね、慣れた手つきでバクラの制服のベルトを外し、シャツのボタンに手をかける。
「あっ……」
 突起を指先で転がし、首筋を舐め上げる。ゾワリと這い上がる悪寒にも似た快楽が理性を蝕み、鼓動を早まらせる。
「ここで真っ暗になると何も見えなくなるからな……悪いが早めに終わらせるぞ」
 熱い吐息と共に耳元で囁かれ、体が細かく震えた。そのアテムの言葉に緊張と安堵の入り混じった感情が湧き出し、小さく息を飲んだ。胸から下まで、焦らすようにゆっくりと手を滑らせるアテム。そしてズボンが下着ごとひどく簡単に脱がされる。
「あぁ!」
 バクラのソレを手で包み、激しく刺激する。悶えるバクラに構わず今度はそれを口に含み、ねっとりと舌を絡ませて愛撫を続ける。先端を舌先で刺激し、唇でしっかり銜えて口内で上下させて快感を促す。
「やっ! あっあっ……! うんっ!」
 本人の意思に関係なく上がる甘い声。もうこの綺麗な身体も、熱い喘ぎ声も、自分だけのモノだ。
「……バクラ……」
 自身をファスナーから引き出し、バクラの入り口に押し当てた。
「あ……」
「力抜けよ」
 ぐっ、と強く押し当てられ、直後一気に根元までアテムがバクラの中に潜り込んだ。
「あっ! ああぁ!」
 思わず彼の背に腕を回し、爪を立てる。突き上がる快感がアテムを締め付け、彼も何度か息を吐いた。
「あ……んっ」
 奥まで感じるアテムの体に、熱い吐息と共に零れる声。一瞬、このまま何処まででも沈んでいきたいとさえ思った。
「――愛してる」
 囁きと共に律動を始めるアテムに体が跳ねる。両肩を押さえ、いつもより激しく打ち付けるようにして動くアテム。あの戦いが終わった後でも、今ここにバクラが居るという事を体で確かめたかった。
 いつもより深く、いつもより激しく、アテムはバクラを抱く。
 快楽は互いを融かし、禁忌の甘い楽園へと理性を誘う。
「あああん! やぁっそんな激しく……」
「今日は許せ」
 唇を塞いで声を食いつくし、更に激しく律動を繰り返す。それは激しい交わりだったが、乱暴だった訳ではない。激しい熱情は、互いの身体を確かめ合った。
 寝かせたバクラの背に腕を差し入れて抱き起こし、そのまま下から打ち付ける。
「ひああああっ! 待っ……もうっ」
「ああ……出すぜ」
 バクラは首に腕を回し、甘い声をあげる。激しく、熱く、けれども優しく動くアテム。荒い吐息が耳にかかって更にアテムの熱情を高めていく。
「あっ……あ……あああああ――っ!!」
「っ!」
 バクラの秘部から精液が孤を描いたのと、体内に熱い液体が放たれたのは、同時だった。

 結局バクラが歩けるようになった頃には、空に星が瞬き始めていた。
「もう大丈夫か?」
「……ああ」
 柵を背に寄りかかり、その星空を見上げる。風は温かく、なかなか心地よい状態だった。
「……なぁ、俺ずっと……バクラに言ってほしかった事があるんだ」
 その言葉に、バクラは首を傾げてアテムを見やる。アテムは曖昧な笑みを浮かべ、続きを言う。
「……俺の名前、呼んでくれないか?」
「!」
 バクラは瞳を見開き、その様を見てアテムは少し寂しげに笑いながら、
「だってバクラ……一度も『アテム』って呼んでくれないからさ。今日の話聞いて、まだ自分には俺の名を口にする資格が無いとか何とか考えてるんじゃないかと思ったけど……もう、いいだろ?」
 その通りだ。
 心内で呟き、苦笑する。そんなバクラに、アテムは真っ直ぐバクラを見据えて、一息つき、
「――俺は、この名前を誰よりも、お前に呼んでほしい
 そう言って、優しく笑った。
 彼が自分にそんな事を言ってくれるというだけで、バクラは嬉しかった。
 これまで、闘いが終わってからも心の整理がつかず、彼の名を口にする事ができなかった。しかし、もう先程の会話でそれはできた。もう、自分に恐れる事はない。
「……有難う……アテム」
 温かな響きを持ったその言葉を口にし、そのまま彼に口付けた。

 もう暫く、今日はこのまま二人で居たい。

 やっと、三千年前からの闘いに、たった今区切りが付いたのだから――



                      END



昧依様より、記念すべき20000hitのリクエストを頂きました!
王バク小説(裏あり)『もし、最後の闘いでみんな無事に戻って普通の生活に戻れたら・・・』というリクエストだったのですが、如何だったでしょうか?
少しでも昧依様の願いをカタチにできていたら嬉しいです。
実は、今回の遊戯との決闘内容の件、ずっとずっとずっと言いたかった事だったんです。
「ちょっと待てよ! 何で増殖に十体なんて制限ついてるんだよ!!!!」と、ずーっとずーっと叫んでおりました。あの回をジャンプやアニメで放送されて、とあるサイト様の感想文でも私と同じ指摘をみつけ、とても嬉しく思った事がありました。「ほらやっぱり! そう思ってたのは私だけじゃないじゃん!」と。因みにあの件は、コミックス12巻の162ページとコミックス37巻を開きつつ読んでみると、皆様にも納得して頂けるかと思います。
で、何故十体という制限をバクラ君が付けなきゃならなかったのか……と考えますと、何だ簡単な事じゃないか! 本当はバクラ君は遊戯に勝ってほしかったんだよ?!!!! と。
それをどうにかして皆様に訴えたい……いつかどうにかして発表したいと、ずっと思っておりました。
そして今回! 昧依様のリクエストによってそれを実現する事ができ、大変感謝しております。
私の訴えを叶えて下さって、本当に有難うございました! 遅くなってスミマセン!;どうかこれからも激甘ペッパーをよろしくお願いいたします!