雨の日




「……よく降るね。洗濯物乾かないよ………」
『仕方ねーよ。梅雨なんだから』
 しとしとと雨が降る休日の午後、獏良とバクラは重い溜め息を吐きながら淀んだ空を部屋の窓から眺めていた。
「買い物に行くのもなんかやだな〜」
 頬杖をついて呟く獏良に、バクラは心底うんざりした表情で、はーっと長い溜め息をつく。
 
雨音が、二人の鼓膜に絶える事無く響き渡る。
「……モンスター・ワールド、そろそろ新キャラ創ろうか?」
『ん……そだな』
 
そんなやり取りを交わした後、二人はリビングのテーブルから立ち上がった。
 
その途端―――

 ピンポーン

 
気の抜けたチャイム音。
 獏良とバクラは、一瞬顔を見合わせた後、返事をして玄関の方へ向かう。

 
こんな雨の日に、誰だろう?
 
まあ、さしずめ宅配便か、雑誌等の勧誘だろう。
 
そんな事を考えながら、獏良は玄関のドアを開けた。
「こんにちは〜」

 
しかしなんとドアの前に立っていたのは武藤遊戯だった。
「あれっ!遊戯君どうしたの!?ズブ濡れだよ!!傘は!?」
 
頭からズボンの裾まで雫が滴っている遊戯に、獏良は慌てて一気に言葉をまくし立てた。
「いや……持ってたんだけど、コンビニ寄って出てきてみたら……無くなっちゃってて」
「・・・・・・・・・・・・」
 
つまり、盗まれたらしい。
「それで……獏良君の家が一番近かったから……良かったら雨宿りさせて欲しいなぁ〜……なんて………」
 
苦笑いをしてポリポリと頭を掻く遊戯に、獏良は一瞬固まった後、
「勿論!さあホラ!とりあえず中入って!!」
 
と言ってさっさと遊戯を中へ招き入れた。


   *


「はい。温まるよ」
「有難う」
 
タオルで頭を拭く遊戯に、獏良は熱々のレモネードを渡し、隣に腰を下ろす。
「それにしても災難だったね〜。傘盗まれたなんて……」
 
また苦笑いを浮かべてそう言う獏良に、遊戯も苦笑いして応える。
「最初はこのまま家に帰ろうかと思ったんだけど、ここからだと僕の家遠いし……そしたらもう一人の僕が、『風邪ひくから獏良君の家に寄ってけ』って言うから……」
 
熱い湯気を立てるレモネードを見つめながら、遊戯は照れ臭そうに笑う。
「へ〜。じゃあ遊戯君は、遊戯君の事心配してくれたんだね〜」
 
優しいね、と言う獏良に、遊戯も、だよね〜、と言ってレモネードを一口啜る。
「でも良かった。実は僕も退屈してたんだよ。梅雨に入っちゃったから毎日雨だし、洗濯物乾かないし、ジメジメするし、買い物行くのも面倒だし、それに学校もないから皆にも会えないし」
 
言いながら、獏良はチラリと窓の外に目をやる。
 
相変わらず、雨はしとしとと降り続いている。
 
リビングの正面には、水をたっぷりと吸った遊戯の服がハンガーに掛かって干してある。
 
出来るだけ水を拭き取ったのだが、それでも服はハンガーに重そうに垂れ下がっている。
 
という事で、今遊戯は獏良の服を着せてもらっている。
 
ちょっと。いや、かなり大きい。
「……そー言えばさ………獏良君は今から何しようとしてたの?」
 
ふいに遊戯が訊ね、獏良はビクリと我に返る。
「え?あ……ああ。えっと、モンスター・ワールドの新キャラでも創ろうかな………って」
 
その答えを聞いて、遊戯はパアっと顔を輝かせた。
「僕もやっていい?」
 
身を乗り出して目を輝かせる遊戯に、獏良は多少ビクついたがすぐに頷いた。
 
流石、ゲームマニア同士。
 
それじゃあ、と獏良は立ち上がり、奥の部屋へ遊戯を招く。
 
遊戯は満面の笑みで飲み終わったマグカップをテーブルに置き、獏良の後に続いた。と、

 
ズベン☆

 
ズボンの裾を踏んで、正面からスライディングに近い格好で勢い良く倒れた。
「……あ………やっぱり大きかったね……」


                   *


『す〜っかり和やかな感じになっちまったな』

『いいんじゃねーの?楽しんでんだから』
 
二人が居なくなったリビングで、それぞれの裏人格、遊戯とバクラは奥の部屋の扉を横目にくつろいでいた。
『それにしても、な〜にが風邪ひくから獏良君の家に寄ってけ≠セよ。てめーはこれを狙ってたんだろ?』
『まあな。けど相棒の体調を気にしたのは本当だぜ?』
 
遊戯の返答に、バクラはまたうんざりした顔で溜め息をつく。
 
ようするに、遊戯が表の遊戯を獏良の家に仕向けたのは、自分がバクラに会いたかったからでもあったのだ。そうして今は、まんまと二人きり。
『来ちゃ悪かったか?』
『バッ……そんな訳ねえだろ………っ!』

 
と言ってしまってから慌てて手で口を押さえるがもう遅い。遊戯はにっこりと怖いくらいの微笑みをその顔に浮かべている。
『そーそー!人間素直が一番だぜ!!』
 
ケタケタと笑う遊戯に、バクラは思いっきり怪訝な表情で拳を握る。
 
本当に、遊戯にだけは、感情が素直に出てしまうのだ。
 
バクラも、内心は遊戯に会いたかったのだ。
 
だから実は、嬉しかった。
『まあ、まだ雨降ってるしさ、ゆっくりさせろよな』
『……お前それが客人の態度かよ………』

 
窓の外は、まだ雨が降り続いている。
 
しとしと、しとしとと。
 
だからまだ、暫くは二人っきりで、居られるだろう。


 
とある休日の、午後の事。






なんとな〜く書いてたらこんな話にないました。
まあ、ギャグ&ほのぼの甘って事で。